スポーツまいんど その90

◎昔のすぽると㊷  自動車の横行闊歩

 

 参考文献「近代体育スポーツ年表」に1908年(明治41年)、「11.11- 自動車の横行闊歩を取り締まれ」という新聞記事があった。新聞は東京朝日新聞。この「横行闊歩(おうこうかっぽ)とは最近は使わない言葉であるが、「思いのまま、あたりかまわず大いばりで歩くこと。また、遠慮なく気ままにふるまうこと」。この時期の自動車の振る舞いをちょっと調べてみた。

(参考サイト:全日本デリバリー業安全運転協議会 1.ちょっと昔の物語)

 輸入自動車が日本に入ってきたのは明治30年代であるが、最初の自動車の記録はないらしい。有名なのは1900年(明治33年)、皇太子(後の大正天皇)の成婚祝いでサンフランシスコ在留日本人会が贈った電気自動車。この自動車は三宅坂での試運転中に事故(運転士は鉄道の機関士、道のまん中で動こうとしない老婆を避けたが、ブレーキの使い方が解らず、お壕へと転落)。自動車は危険なものとされ倉庫入り。これが日本の初の自動車事故らしい。

 国産自動車の第一号は1904年(明治37年)の蒸気自動車。しかし6km走ったが実用にはならなかった。ガソリンエンジンの第一号は1907年(明治40年)に製造されたものらしい。その1年後には「自動車の横行闊歩」というような事態となったのだ。ちなみに国産トラックの第一号は1910年(明治43年)の陸軍東京工廠で完成。翌年には米国帰りの人物が「快進社自働車工場」創建(この「働」は間違いでない)、のちに「ダット号」を製造(1914年:大正3年)。

 日本の自動車事故第一号は1902年(明治35年)、横浜市山下町のグランドホテル脇、英国人の運転する自動車が通行人に衝突、右足に微傷。死亡事故は1905年(明治38年)、大阪府堺市神明町の街路、大阪自動車会社の自動車に幼女(5歳)が轢かれて死亡、それが第一号である。可愛そうに・・・。

「自動車の横行闊歩」という言葉が気になったので調べてみた。昭和35年3月30日の第34回国会衆議院運輸委員会の議事録にこんな発言があった。

「事実われわれが体験いたしまするところによりますれば、四、五年前までは、やみタクの諸君は、実を言えば遠慮気がねをしながらやっておったような状態であったのでありまするが、最近の状態を見ますると、これは白昼堂々と横行闊歩しておる。」

「白ナンバー・タクシーが実際上法違反の形でやっておるからこれを取り締まられることは当然でございますが、実際上の問題としては白ナンバー・タクシーが横行闊歩するという大きな原因は、先ほど自動車行政に対する大臣の御意見を聞かしていただいたのでありますが、車が足りないというところに原因があると思うのであります。」

 これは昭和の白タクの話しで、何となく解る(やりたい放題)。しかし参考文献「近代体育スポーツ年表」の1912年(明治45年=大正1年)のところに「自動車登録台数521台」という記事があった。1908年(明治41年)の頃、500台ちょっとで「横行闊歩を取り締まれ」って新聞記事、どんな状態だったのだろうか、よく解らない。

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