スポーツまいんど その93

◎昔のすぽると㊺ マラソン

 

 参考文献「近代体育スポーツ年表」に1909年(明治42年)3.21、「大阪毎日新聞社主催、大阪・神戸間マラソン競技会挙行」という記事があった。「マラソン」という言葉が初めて使われたらしい。今日はこの「マラソン大競争」を紹介する。

 神戸市のホームページには「日本マラソン発祥の地」というぺージがある。そこには「神戸の湊川埋め立て地から大阪の西成大橋東端までの約32キロの『マラソン大競争』が行われました」と記され、神戸市役所前に建てられた「日本マラソン発祥の地」の記念碑の写真が掲載されている。参加申込者408人、体格試験によって120人に絞り込まれ、鳴尾競馬場で予選が行われ最終的に出場者20人が決定したという。優勝者は岡山県の在郷軍人「金子長之介」選手、途中わらじの緒が切れるアクシデントが起こったが、裸足で走り、2時間10分54秒、2着を5分近くも離すという結果だった。賞金は300円と金時計や銀屏風だったらしい。大正時代の小学校教員の初任給は50円程度だと言われているのでかなりの賞金だろう。

「幕末まらそん侍」というマンガがある。題材となったのは安中藩(群馬県)が行った「安政遠足(あんせいとおあし)」。安中城から碓氷峠の熊野神社まで7里あまり(29km)の遠足(とおあし)である。これは1855年(安政2年)に行われたもので、「日本マラソンの発祥の地」という石碑が安中城跡に建てられているが、マラソンではなく徒歩である。藩士の心身鍛練のために長距離を歩かせたのである。「安政遠足」は現在も行われ今年で第49回となる。大会の特徴は「勝ち負けにこだわらず楽しく走りきる」ことで仮装した参加者がおり、審査員が診査して「仮装アイデア賞」を増訂しているらしい。(下にパンフレット写真あり)

「スポーツまいんど」はかつて遠足に関した以下の特集を行った。是非御覧下さい。

 その39 ◎走れなかった日本人  その40〜43 ◎遠足と運動会①②③④