スポーツまいんど その96

◎昔のすぽると㊽ 野球害毒論

 

 参考文献「近代体育スポーツ年表」に1911年(明治44年)「東京朝日新聞、22回にわたり<野球とその害毒>の記事連載」」という記事があった。これは「朝日新聞(当時の東京朝日新聞)」が展開した野球に対するネガティブ・キャンペーンであり「野球害毒論」「野球有害論」と呼ばれた。この記事は著名人の野球批判の談話などで構成されたという。今回はこの談話を紹介する(名前()内は私の紹介「」内は記事の表題)

○新渡戸稲造(昭和の末の五千円札の人)「野球は賤技なり剛勇の氣なし 日本選手は運動の作法に暗し 本場の米国既に弊害嘆ず 父兄の野球を厭へる實例」       ・野球という遊戯は悪くいえば巾着切りの遊戯、相手を常にペテンに掛けよう・・・

○永井道明(東京高等師範学校教授)「運動の本旨を没却せる日本の野球」    ・野球は時間を空費し、身体を疲労衰弱させるので、野球選手は学科ができない

○加納久宜(日本体育会会長・政治家・曽孫は麻生太郎)「運動の旨意に離る」  ・此頃の野球選手・・・興行に等しき事をなし・・・体育の旨意に離る

○松見文平(順天中学校校長)「根本的に野球を排す」             ・手の甲へ強い球を受けるため、その振動が脳に伝わって脳の作用を遅鈍にさせる

○乃木希典(日露戦争・陸軍大将)「必要ならざる運動」            ・対外試合のごときは勝負に熱中したり、余り長い時間を費やすなど弊害を伴う

 何故このような野球害毒論が連載されたかには2つの理由があるらしい。

①野球熱の異常な高まり:この頃の学生野球(大学)にはすさまじい人気があったらしい。1906年(明治39年)の早慶戦、1勝1敗で第3戦となったが、あまりにも盛り上がりすぎて早稲田と慶応、そして審判担当の学習院にまで脅迫状が届き、無期延期となった。その後、早慶両校はアメリカに遠征、アメリカからチームを招聘、あるいは野球を続けるために留年、他の大学でも大人気で行き過ぎた応援、そんな中、野球人気の賛否両論が起こったという。

②東京朝日新聞の野球利用:ライバル誌「大阪毎日新聞」の東京進出に対抗して、朝日の存在アピールのために人気の野球を利用したという説。

 朝日の野球害毒論に反対し「野球問題演説会」を行った「読売新聞」は、その25年後に「東京巨人軍」というプロチームを所有。「朝日」も「毎日」も現在の甲子園高校野球の主催。新聞社にとって野球は重要なスポーツなのかも・・・。

すぽーつまいんどメニューへ 

 HP案内図に戻る 

 Welcome  へ戻る