スポーツまいんど その97
◎昔のすぽると㊾ 日本初スキー競技会
スポーツまいんど その97
◎昔のすぽると㊾ 日本初スキー競技会
参考文献「近代体育スポーツ年表」に1912年(明治45年)1月21日 日本最初のスキー競技会、高田南葉山で開催 という記事があった。この「高田南葉山」って何処なのか? そしてスキー競技会の内容は?
1912年(明治45年)1月21日、金谷山の近くで日本初のスキー競技会が行われた。「金谷山」は新潟県上越市にある山で、現在は「金谷山スキー場」となっている。この競技会には、「レルヒ」をはじめ40人あまりが参加し、長岡師団長をはじめ300人のお客さんや多くの一般市民が応援にかけつけたという。この「レルヒ」「長岡師団長」って何だろうか?
「レルヒ」はオーストリア・ハンガリーの軍人で,日本で初めて、スキーを教えた人である。「長岡師団長」は「レルヒ」を受け入れた陸軍第13師団の師団長、スキーの導入を考えていた人物。1911年(明治44年)1月に「レルヒ」は日本で初めて本格的なスキー指導を行った。 1年間で34回ものスキー講習会が行われたらしい。翌年の1912年(明治45年)1月に日本初のスキー競技会が行われたのだ。あるHPには次のような記事が載っていた。
当時の新聞は、選手が武者震いをしながらも、練習の成果を発揮した姿を伝えています。選手は滑ったあとに温かいスキー汁を食べながら、失敗談に花をさかせました。このスキー競技会の様子は、活動写真(昔の映画)によって日本全国に紹介され、上越がスキー発祥の地として知られるようになったのです。
「レルヒ」のスキーは現在のスキーとは変わっていて「リリエンフェルト式スキー術」、1本杖(ストック)で滑っていたのだ(下に写真あり)。「レルヒ」が来たその冬のうちに「高田スキー倶楽部(全日本スキー連盟の元)」が結成さえ、そこが主催の競技会だったのだ。コースは南葉山八合目から射撃場までの高田旭山コースで全長4km(その後レルヒコースと呼ばれるようになった)。決勝点付近は黒山の見物人で埋まったという 。1位は軍の小暮少尉の25分ほど。
スキー競技会を訪れた有名な軍人「乃木希典」大将が、「こんな便利なものが何故今頃まで入ってこなかったのか」と、第13師団長の長岡中将にスキー普及活動を託したらしい。しかし明治は終わる。当時、学習院長だった乃木希典、1912年 9月13日、明治天皇大喪の礼の後20時頃 妻・静子とともに自刃(切腹)して亡くなる、淋しい話である。