スポーツまいんど その99
◎昔のすぽると51 全国中学校野球大会
スポーツまいんど その99
◎昔のすぽると51 全国中学校野球大会
参考文献「近代体育スポーツ年表」に1915年(大正4年)8.15「朝日新聞社、第1回全国中等学校優勝野球大会を開催(豊中球場)、京都二中が初めての優勝旗を獲得」という記事があった。4年前に「東京朝日新聞、22回にわたり<野球とその害毒>の記事連載」(昔のすぽると㊽)という事件?を起こした「朝日新聞」が野球の全国大会開催なのである。
出場した代表校は、東北「秋田中」、東京「早稲田実」、東海「三重四中」、京津「京都二中」、兵庫「神戸二中」、関西「和歌山中」、山陽「広島中」、山陰「鳥取中」、四国「高松中」、九州「久留米商」の10校、地区予選を含めた参加校は73校であったという。会場となった「豊中グラウンド」は細長い運動場(400mトラックがある)で外野のフェンスは無く,ロープを張って境界線とした(ロープをノーバウンドで超えたら本塁打)。ホームからセンターは100m、木造の仮設スタンドが設置された。観客数は5日間で5000〜10000人程度だったという。
開幕試合は「鳥取中」-「広島中」の対決。資料の写真を見ると、両チームがホームベースを挟んで挨拶している。この形式は先年の「野球とその害毒」論に対して「中等野球は、礼に始まり、礼に終わる」ということを強調するねらいがあったらしい。今でもこの挨拶の形式は守られている。大会第4日目の「京都二中」-「和歌山中」の準決勝は1-1で9回裏降雨コールドで引き分け、翌日に「再試合」となる。そして死闘再試合は「京都二中」が9-5で「和歌山中」を破って決勝進出となる・
決勝は「京都二中」と「秋田中」。京都二中の投手はカーブで相手をほんろう。秋田中は守備力で対抗、1-1で延長戦となる。そして13回裏1死二塁、内野への打球、秋田の守備が乱れ、ランナーはホームを目指し、そして京都二中は「サヨナラ」で初代王者となった(その瞬間の写真は下に)。
100年後の2015年(平成27年)に「高校野球100年」を記念して、この第1回の出場校10校が甲子園で入場行進を行った。そして優勝した「京都二中」は「京都府立鳥羽高校」として、そして東京の「早稲田実業中学」は「早稲田実業学校(高等部)」としてこの100回大会に出場していたのである。