空を見る人






        第1話
                星が降る夜に





1.


住宅地からだいぶ離れた高台の一軒家
二階建てで、天井部屋の窓から空を眺める
四方の窓に海,市街地,住宅地,山と見渡せるこの部屋で...


昨日から緊急ニュースがラジオ,テレビを問わず流れ続けている。
某国の軍事衛星が地球周回軌道をはずれ,地球に降下してくると言う。
しかも,その降下区域に日本の一部が含まれているというのだ。
さらに,その衛生は原子炉までも備えているという。
状況によっては,日本の一部に落下し,爆発,そして死の灰につつまれる。

テレビのワイドショーはコメンテーターがヒステリックに叫き散らし,
リポーターは落下予想時間のすぐ前まで中継をする始末。

そして,今,私の住む町は推測落下時間に入っても,
逃げないでいる人間の家がまばらに光をともす,夜を迎えていた。

未だに落下の報告は受けていない。
非難のアナウンスは,広報のスピーカーから流れ続けている。
私の住む高台には,自称スクープカメラマン達が陣取り,上手くすればと,
カメラを構えている始末。
直情に落下すれば,死を覚悟しなければいけないのに...

私が残っている理由は,この家が,この町が好きだから
こんな事で,離れたくないし,
もし落下箇所がここであれば,町の最期を見届けたい
そう思ったから...

いくつもの想いと共に,残った人々は空を眺めていた。





2.

日も変わり,いつもなら静まり返ったこの場所も今日は騒がしい。
何台かの車がエンジンに火を入れつつ高台までの道沿いに止めている。
この場所からならかなりの範囲で見渡せるからであり,
何人かは,人がいないと思ったのか,家に上がり込んできた。
もちろん,私がいることに気がつくとそそくさと出て入ったのだが。





3.

買い込んでいた缶コーヒーの4本目に手を着けたのは午前1時を回った頃だろうか,
あと1時間ほどで推測落下時間が来ようとしていた。
未だに落下の情報がラジオに入らないところを見るといよいよ
この周辺に落下する可能性が高くなったわけだ。

どうやら、車の野次馬やカメラマン達も騒ぎ出したところを見ると,
彼らにも,落下の情報が入っていないのだろう。

だからこそ,この場所に落ちる可能性が上がっている事をわかっているのだ。

それにつれて,車が一台,二台とここから離れていく。
今更ながら危険を感じたのだろうか,猛スピードで離れていく車を見ながら,
5本目のコーヒーに手を着けた。





4.

しかし、何年ぶりだろうか,こんなに長い時間夜空を眺めるのは,
夜になってからこの天井部屋から外を眺めているが,子供の頃は毎日のように,
窓に座って眺めた物だ。

空を見なくなったのは,たぶん,星が減ったからだろう。
市街地の見える窓には,いつもならネオンと照明が途切れることはない。
あのビル群が出来た辺りで空を見なくなったんだろう。

でも,今は市街地のビルがどこにあるかはよくわからない。
漆黒の中に埋もれている。

すーっと視界を流れ星が横切った。
昔もよく見た物だ。
街の明かりがなくなった今は、昔の空を取り戻していた。





5.

午前1時40分
市街地の見える窓に移動して外を眺める。

どこに見えるかわからなかったので,四方に窓のある天井部屋を選んだ。
今は、漆黒の市街地と車の人たちを眺めるためにこの窓の前に来ている。
ラジオからも未だにコレと言った情報はない。
ただ、注意を促すだけである。


下の車の人たちの喧騒を見ながらラジオに耳を傾けていると、
ラジオは聞き慣れないノイズを拾い始めた。
初めは小さく,

ギギッギギィ

次第に大きくその音はラジオのスピーカーから聞こえてくる

ギギッギギィギギギィ

外の人たちが一斉に海の方を指さした。


私は飲みかけのコーヒーと椅子を持って海の見える窓へと向かった。
ラジオからはノイズの中にかすかに人の声が聞こえているが、
何を言っているのか判断できなかった。





6.

紅いそれは,目で追えるほどのスピードで左の方からこちらに向かってくるようだった。
ちょうど、流れ星が落ちてくるときはこんな感じか,と思いつつ,その光景を眺めていた。

そして、視界の中央に来た頃,その、人工の星は白く弾けた。
漆黒の夜は一瞬昼間のような明るさ。

かなり低い位置まで来ていたのだろう,弾けた光は海へと落ちていった。





終わったな。
私は覚悟を決めた。
これから起こるであろう事態を冷静に予想しつつ






        第2話
                そして雨が降る





7.

外では,怒声が響きわたった。
こうなる覚悟をしていた人間がどれほどいたのか疑問である。

そして
車のエンジン音が急に大きくなった。
事態を把握できていれば手遅れであるのにもかかわらず。

私は閃光を見たあとに直ぐさま用意していた布団に潜り込んだ。
来るであろう最初の衝撃を予想して,


閃光から数秒後。衝撃波が来た。

家の方はどうにか持ちこたえそうだが,窓ガラスが一斉に割れているようだ。

悲鳴が聞こえる。錯乱したような叫び声が聞こえる。
死への足音が聞こえてきた。





8.

人工の星は予想通り,原子炉を抱えていたようだ。
距離がある程度あったのと,規模の大きさで熱線にやられることはなさそうだが,
どう考えても,射程内での出来事であろう。
衝撃が収まったのを確認して,布団からのろのろと起き出した。
窓ガラスは四散してとても素足では歩ける状態ではなかった。
部屋の隅まで飛ばされたスリッパをガラスに気をつけながら取りに行き,
軽く壁に叩きつけてガラスの破片を落とす。

細かい破片が残っていたようで,足に刺すような痛みがあるものの、
履かないよりはましであろうと,そのまま履くことにする。
今になっては,怪我なんかはどうでも良いことなのではあるが。


海を見る
 海面に紅い光が見える

市街地と野次馬を見る
 市街地は漆黒のままである
 野次馬はかなりの車がこの場所を離れている。
 何人かは,呆然と海を眺めている。

住宅地を見る
 明かりが落ちている。

そう言えば部屋のラジオの音もしなくなっている。
電気の供給が止まっているようだ。

あらかじめ用意していたトランジスタラジオを付けて放送を聞くことにする。
スリッパを拾いに行ったときに,一緒に拾ってきた缶コーヒーのプルトップを開けながら。





9.

電源の入ったトランジスタラジオを右手に
一口だけ啜った缶コーヒーを左手に持って海の見える窓まで行く。
先ほどまで座っていた椅子は何とかひっくり返らずに済んではいるが、
すす汚れとガラスの破片で、そのままでは座れそうになかった。
仕方がないので窓枠にラジオと、コーヒーを置いて、椅子を逆さにしていると、
窓の向こうはなんとも言えない光景が広がっていた。

紅く鈍い光の中、海はもの凄い水蒸気を発生させている。
どっかの馬鹿げた歌番組がスモークの量でも間違えたような、
ちょっとした、火山のようでもある。

ようやく、椅子にも座れそうなので、窓を横に見るように椅子を置き、腰をかける。
コーヒーを一口、二口飲み、トランジスタラジオを手に取った。





10.

先ほどから、「ザザザザッ」と、ノイズしか聞こえないので、周波数があっていないのだろうと思い、
ダイヤルをゆっくりと回してやる。

特に先ほどと変わった放送をしているところはなかった。
まだ、情報が入ってないようだ。
ただ一つ新たに加わった情報があった。
私は予想していたから何とも思わないが、外の連中はどう思っているのだろうか?

そろそろ、海の上に登っていった水蒸気は雨雲になるだろう。
そして、雨が降る
終わりへと導く雨が...


....某国の軍事衛星は.....制止衛生で.......
燃料を.......原子力に頼り....
落下地点より10キロは.....被爆.......
二次被爆の恐れ.......


終わりを告げる放送は続く





11.

夜の闇が水の色を判断のつかないものにしていた。

ラジオが人工衛星落下の第一報を伝えた頃からサーっと雨が降り出していた。
先ほどまでの明かりもなく、闇夜に降る雨は、いつもの雨と変わらぬように思えたが、
体に触れると明らかに違っていた。
澱んだ水、死せる水。

先ほどまで狂喜していた野次馬達も声すら上げなくなっていた。
この場にいる人間は、どうあがいても、一生まともな生活はできない。
被爆者に待っているのは、四方に白い壁で取り囲まれた、鳥かごの中なのである。





         第3話
                消える町





12.

夜明けが近づく
水平線が紅く色づき始めた頃、家の外が慌ただしくなってきた。

落下直後にこの場を離れたもの達が戻ってきたのである。


いや、
戻ってきたというより、戻らされた。
という方が正しいようだ。


声を荒げてしゃべり続けるヤツを見ていると、
やはり、状況を良く見ていなかったのだと言うことが分かる。
こうなることは、あらかじめ分かっていた、覚悟を決めていた人たちは、
何を今更と冷たい視線を送っているが、大部分の野次馬はその話を聞き、

泣き
叫び
怒鳴り
途方に暮れていた。





13.

夜明けと共に、見慣れぬ車両の一団が丘へと上がってきた。
一様に銀色の身を覆う服を身につけて、こちらに向けて車両がやってくる。

私は玄関へと走り、用意しておいた鎖などで、ドアが開かないように固定した。
そして、屋根裏部屋までの通路にできる限りの妨害工作を施した。

一分でもこの町を離れたくないと
1秒でもこの家を離れたくないと

ただ一時でも、私の場所を離れたくないと

最後の缶コーヒーを開け、いっきに飲み干し、缶コーヒーを持っていたその手は、
金属バットが握られた。



















14.

大きなガラス窓は二重の強化ガラス
大きな鉄製のドアには猫の入り口のような小さなドアがある。
そのドアから白い容器に入った食事が出された。
多分、間隔の短い食事配給が二度続いたので、夕食なのだろう。

私以外、すべてが白いこの場所で、不意に紅い血を吐いた。

久しぶりの紅い色だった。



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