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1章 幸雄
1章1幕:病室の僕

姉が腹を抱えて笑っている。
笑うなと念押ししたにも関わらずである。
「姉貴〜、あんまり屈み込むと胸が見えるぜ...」
ラフな格好の好きな姉は、季節もあって、胸元が広めのTシャツにジーパンといった出で立ちである。
「だって、あんた」
一瞬真顔に戻りつつ体制を立て直そうとした姉は、またもや個室が反響しているのではと思うほどの笑い声をあげながら、屈み込んでいった、僕に胸が見えることなんかお構いなしに.....
 
 

姉は週に1、2回こうやって様子を見に来ては言いたいことをさんざん言って帰るのである。
姉が言うには「出来の悪い弟を導くのも年長者のつとめ」なんだそうだ。
こうやって二人だけの時は僕のことを「あんた」と呼び、ほかの誰かが来ると「幸雄」と名前で呼ぶ姉。
まぁ、「弟よ!」なんて呼ぶひとはほとんどいないし、そんなことになったら赤面モノである。
僕はというと、前は姉のことを「お姉ちゃん」と呼んでいたが、入院をきっかけに「姉貴」と呼ぶようになった。
なんとなく人前で「お姉ちゃん」と呼ぶのが恥ずかしかったからである。
当然のように姉は、「なに格好つけてるの」とコメカミにグーで小突かれたものである。
 
 

ようやく、笑うのに一段落した姉は椅子に座り直しながら、
「あんたねぇ、漫画の読み過ぎだよ、それじゃ」
と、僕に説教ともとれる言い回しで見据えられた。
確かに入院生活が長い僕は、1日分の通信教育が終わると漫画ばかり読んでいることは否定しない。
否定したところで、姉に病人など知ったことかと「グー」で小突かれるのがオチである。
こんな姉だからこそ、僕が内気にならなくてすんでるんだろうが。
「だから話す前に言ったじゃないか、夢だって事は解ってるって」
そう、姉が腹を抱えて笑い、説教をたれるきっかけとなったのは、僕の夢の話なのである。
たまたま姉が見舞いに病室に入ってきた時に、うたた寝から醒めたばかりの僕が、見たばかりの夢をぼんやり考えていたために、姉が追求してきたのだ。
「その割には、あんなボケ顔で考え込んだりして変じゃない、どうせ夢なんだし」
姉はゆっくりと立ち上がりながら、入り口そばに無造作に置いてあったディバックを取りに行った。
「ボケ顔は余計だよ..... ただね」
姉はディバックを持ってベット脇へと戻ってきた、時計を見るとそろそろ時間なのがわかる。
姉は大学の講義が朝一に入ってないことを利用して行きがけに立ち寄ってくれているのだ。
椅子に座った姉は、ディバックの中をゴソゴソやりながら
「ただ?」
と、僕に会話の続きを求めてきた。
僕は、何故か続きを喋ることに抵抗感があり、姉を見やりながら黙り込んでしまった。
 
 

ディバックをあらかた引っかき回し、「じゃ幸雄、行くから」と軽く言うと立ち上がりドアへと向かった。
僕は姉の背中に向かって
「最近何度も見るんだよ、同じ夢」
ポツリと小さく言った。
姉に聞こえたかは、解らない。
 
 
 
 

デジャブー
今までに見たこともないはずの光景をなぜか、どこかで見たような気がする。

本当に僕が同じ夢を見たのかは解らない。
夢もデジャブーするのか、なんて事を何度か考えたこともある。
それを確かめるためにノートパソコンに日記を書いている。

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6月27日
エルビンの夢を見る。
夢の中で夢を見る。
夢の中の夢は顔の識別がつかない。
みんな同じ顔。
ユキヲも、他の人も、

夢の中のエルビンはいつも悩む。
ユキヲの夢を見て悩む。
感覚が足りないのではと悩む。
そして、
夢の中の夢でエルビンと話すとこの夢は終わる。
 

夢から覚めた僕はまた考える。
また同じ夢を見たんだと、前の日の日記を読んで思う。
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今日見た夢の日記を書き上げた頃、見計らったように昼食を乗せているであろう台車が病室の前に止まった。
看護婦の勤務表を見やると例の看護婦が配りにくるらしい。
この勤務表は、僕が入院直後に個室が空いてないからと一時的に大部屋に入っていたときに、隣にいた気のよい中年サラリーマンが、勤務変更の度にEメールで送ってくれるのである。(しかも、HTML形式で表にするのだからマメである)
確かに誰がどの時間に勤務しているのか解るのは良いが、別に解ったからと言って、その状態が改善されるわけじゃない。
そのことを送り主に聞いたことがあるが、「ほかにも活用法なんてものはあるだろう」と当然のように言ってきた。
まぁ、想像はつくが、なににつけてもマメな人である。
それはそれとして、慌ただしい時間の始まりである。
「いやぁ、ごめんごめん道が混んじゃって予定より3分ほど遅れたね、ちゃんと勉強してるか少年、またパソコンか〜そんな事してないで勉強しろ〜、そんなんじゃ私みたいになれないぞ」
矢継ぎ早にまくし立てながら、液晶モニターを覗き込みにきた。
この看護婦はいつもこうである。
どこで息継ぎしているのか解らないほど喋り、ずかずかと人の領域まで入ってくるのである。
「ふーん数学かぁ」
覗いたかと思ったらそそくさと台車へと戻っていった。
数学嫌いはリサーチ済みである。
慌ただしく作業をこなしてくれるので、この看護婦が部屋にはいる前に日記のテキストを閉じて数学の教材を開いたのである。

「食事だから、机からパソコン退かしてくれる?」
台車から食事ののったトレイを持ちながらベットに備え付けられた簡易テーブルに置く。
今日も「これでもか」とサラダの野菜が満載である。
「あのね幸雄君、野菜嫌いなのは解るけど露骨に表現しないでくれる。別にこの世が終わるわけじゃないんだから、ささーっと口に詰め込んで水で流し込んじゃえば良いじゃない」
とても看護婦の言うセリフではない。
「じゃぁ、次が待ってるから、さっさと食べなさいよ。野菜も残さないでね。」
 
 
 

窓の夕暮れを見ながら、ノートパソコンを叩き始めた。
一寸したうたた寝をした際にエルビンの夢を見た。
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6月27日 2
夕方エルビンの夢を見る。
自分の世界を夢ではないかと疑うエルビン。
いつも同じ夢、いつも同じ終わり。

姉に話したせいだろうか、疑問が渦巻いている。
ぼんやりと考えていたこと、姉にも話さなかったこと、

僕は今、夢を見ているのではないか
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1章2幕:自覚

インターネットのサーチエンジンで夢について調べてみる。

今の世界が夢じゃないか疑っている僕。
よくよく考えれば変な話である。
この世界が夢の世界だとしたら、その夢の中で夢のことを調べている、夢から覚める方法を探そうって言うのだから。
 

サーチエンジンは幾つものリンク先を提示してきた。
今日は講義が朝からある為、姉は来ないはずであり、まだ昼食にはかなりの時間がある。
今週の教材分は昨日までに大半を済ませ、今は時間がある。
 

「なんだかなぁ...」
パッとしないサイトを眺めながら一本のバナナを剥き始めた。
ベットの横に備え付けられた台は、この前に姉が来たときに置いていったバナナがある。
最初、「一人でこんなに食うわけないだろ」と文句を言うくらいの量があったが、
姉は「これは、あんたの為だけに買ったわけじゃないの」といって、立て続けに2本食べた。
僕がどういう意味か察して「朝飯くらいちゃんと食えよ」と姉に言うと、
姉は下をペロッと出して、「今、ちょっち忙しいのよ」と言いながらさらに2本をもぎ取ってディバックの中に掘り込んで大学に向かったのである。
そんなことを昨日、一昨日とやってくだされば、バナナの2/3は姉の栄養源に変わり、手元には僕が食いきれるであろう4本のバナナが残るわけだ。

最後の1本を口に掘り込もうかと、皮をギリギリまで剥いていると、目には余り優しくない黒と蛍光ピンクのサイトに書かれた文字に目が引かれた。
[夢のコントロール]
夢を見ている際、夢を見ていることを自覚できれば自由に夢を動かせる。
自分が空を飛びたいと思えば飛ぶことができたり、自由な視点で夢を見たり、夢から覚めたければ現実の世界に戻ってこれる。

現実の世界。

夢の中のエルビンは思い悩み、エルビン自身の世界が夢である事を自覚して夢から覚めたのであろうか?
僕の今の世界が夢であるなら、これが夢であるという自覚を持てれば今の世界から覚めるのだろうか、夢であるなら。
 

僕はサーチエンジンで[夢のコントロール][夢の覚め方]と言う内容で絞り込みの検索をかけた。
幾つもの方法があるのだが、

寝る前に自己暗示のような事をしろ。
夢から覚めたときに、今見たものを夢であると再認識すると次見るときは操れる。
寝る時の体位で夢が操れる。
など、
眠りについてないときにやっておかなければならない事ばかりなのである。

じゃぁ、もしこれが夢でもコントロールする事、目を覚ます事はできないのだろうか?
夢のコントロールは夢の中で夢であると自覚することから始まるらしい。
なら、今、僕がこれを夢と自覚できれば目を覚ますことも可能ではないのか?

でも、夢であると自覚するというのはどういうことなのだろうか?
試しに夢から覚めろと念じてみるが、無駄に時計の針が進むだけである。
そもそも今が夢である確証なんか無い。夢と自覚できれば、ご都合主義の生活ができるのではないか?
病院で入院生活なんておくる必要は無いじゃないか?
歩けると思えば、この足は動くって言うのか?
神経の損傷は足の指一本動かすことすらできなくしているっていうのに....
下半身が動かないって言うのに....
....
 

背中が痛い。
忘れいていた痛み、痛みのない心の痛み。
背中にある大きな傷は足へとつながる神経を大きく傷つけたあの日から、僕はここにいる。
時間もたち、
記憶が薄れていくにつれ、
体の痛みが消えていくにつれ、
心の痛みが薄れていった。

でも僕は思いだしてしまった。
夢の世界と区別かつかなかったせいなのか........
現実ってこんなにも惨いのか........
 

ぅ.........
........う........
うわぁぁわぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ.......

何もかも、嘘であって欲しい。
信じたくない。
夢であって欲しい

がぁうぅぅあああぁぁぁ.......
 

腕をいっぱいに広げ辺り構わず振り回した。
ベットの鉄パイプに打ち付けあまりに鈍い痛みをおぼえても振り回した。
やるせなさ、切なさ、悲しさ。
ベットの横の台にのっていた花瓶も打ち付けた。形を保ちつつ壁へと飛んで行った花瓶は砕けて僕に降りかかった。
夢中で腕を振り回し続けた。
何もなく、今の自分を忘れるために...

そんな僕が急に元の世界に引き戻される。
白い布団に赤い色が染まって行ったとき、右腕から燃えるような熱さを感じた。
深々と花瓶の破片が動脈があるであろう箇所に突き刺さっていた。
破片の刺さったあたりから血しぶきがあがる。

.....なんで?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

いつからだろうか、いつの間にかあたりは暗い。
暗いと言うより漆黒。
何も見えない。

傷口が気になった僕は見ることができないと思いつつ、右腕を視界まで上げた。
「あれっ」
見えないと思っていた腕は漆黒には不自然なほどよく見えた。
それよりも傷口らしきものが一切無い。
さらに右腕を隈無く見る。
傷がない
何処にもない
場所を間違えているのかと、肘、手先、手の甲、隈無く見る。
別に何処もおかしくない。
見慣れないホクロが手の甲にある程度で...
 

....手の甲のホクロ
夢の中のエルビンが気にしてよく触っていたホクロ。

よくよく見ると、いつもより手全体が大きいような気がする。
僕は今、夢を見ているのかもしれない。
僕は今、エルビンらしい。
 

「そうだよ」
 

急に後ろから声をかけられた。
急だったので体がビクッと跳ねた。
どこかで聴いたことのある声である。
僕は後ろに振り返った。
漆黒に一人の少年が立っていた。
見慣れた少年、現実の世界の幸雄...

これって...
僕はエルビンの夢を思い出していた。

幸雄は「フゥ」と小さくため息をついて僕に話しかけてきた。
「君はそんなにその世界が嫌かい?」
幸雄は僕の顔にずいと近づきながら話を続けた。
「たとえ夢か現実かわからなくても君は存在してるんだよ、生きているんだよ」
幸雄が更に言葉を続けようとしたところを僕が遮った。
「僕はただ一つの世界しか知らない、病室で寝ているだけの世界なのにそれが良いって言うの?。足が動かない自分一人で生きるのが困難な僕が幸せだって言うの」
 

「.....わからない、でも君にはお姉さんがいる。それは幸せなことだと思う。僕は君たちと違う物を受け継いでいる。君たちが生きることを受け継いでいるように、僕は辛さ、悲しさを受け継いでいる。君たちが今の世界から離れようとしたときに、その辛さ悲しさを教えるために。」
僕の気持ちを聴いた幸雄は、間をおいてそう答えた。
幸雄は苦しげな表情を見せながら、
「君の辛さはわかってる、でも、僕は君を止めなくちゃいけない。」

「でも、」
僕が言いかけた時に幸雄は掻き消えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

息苦しい、そして痛い。
「あんた、いつまで寝てんの」
気がついたときには、鼻を捻るように摘んでいる姉がいた。
「あんたねぇ、今何時かわかる?、ったく良いご身分だ事」
姉はそういうとベットの横の台からバナナをヒョイと掴みながら、
「私が食事もしないで見舞いに来てやってるってのに、寝てるなんてホント良い身分なんだから」
姉はよっぽど寝ていた僕に腹が立ったのか、散々文句を言って大学に向かった。
一本だけバナナを残して、「あんたも食べなさいよ」と言いながら。
 

布団には血の跡が無く、腕には傷の跡が無く、食べ終えたはずのバナナは僕の横に置いてある。
どうやら、あれは夢だったと言うことらしい。
どうやったら目が覚めるかわからない夢。

ノートパソコンの白紙の日記を横目に見ながら、サーチエンジンで見つけたリンクを選択しようとしていた。

[小説 覚めない夢の中で]
 
 
 

1章終わり