傲慢、甘ったれ

ひところ、よく流れていた広告。私はラジオで、聞いていたので、テレビでもやっていたかどうか、知りません。内容もうろ覚えですが、調べるのも面倒なので、記憶のままにいいます。

「ゴ ミの分別なんて、意味ないじゃん」みたいな会話があって、それにこたえる地球の言葉。「そんなことないよ。ぼく、うれしい」。そうですか、とでもいうほか ない。内容的にはまあ、別に文句のつけようもないわけですが、それでも感じないではいられなかった、なんともいえぬ、異和感。

地 球の声って、どんなのを想像しますか。エコーのかかった、低音の男の声。たとえば、往年の名画「十戒」の神の声のような。あるいは、若山弦蔵さん。大地の 母、的な優しさを強調したいセチュエーションなら、母性を感じさせる女性の声。どちらにしても、オトナの声です。それが、ここではなんと、幼児の舌足ら ず、かわいさ強調、甘ったれ風の声だった。

なるほど、ひと昔前までは、まだまだ強く、頼れる存在だったのに、もはや、人間の助けを必要としている、地球。今や地球は傷だらけ、保護してやらなければ、遠からず壊れてしまう存在に、なり下がったわけだなあ、と、思ったりした。あの、3月11日までは。

しかし、これはやはり、人間の思い上がりでしたね。地球はけっして、舌っ足らずの声で、人間に感謝のことばを述べたりしない。あの広告は、人間の傲慢さ、傲岸不遜の表れだったのだ。あの広告―つまり、ACの広告でしたが。 

だっ て、地球は人間なんて、いなくたっていいんですから。人間が勝手に二酸化炭素をまき散らして、あるいは放射能にまみれて、全滅したってどうってことない。 そんなのは地球にとって、特筆すべき事件ですらない。地球はただ無心に、太陽をめぐって、虚空の中を疾走し続けるだけです。

保護されるべ きは人間。烈しさを増しているようにみえる自然災害、さらにそれをいっそう悲惨なものにすることが明らかになった、原子力の存在。われわれは、人間の果てしない傲慢な活動 から、われわれ自身を守らねばならないところにきている。もっと謙虚に、もっと質素に暮らすことを考えなければならないでしょう。

といいながら、パソコンでインターネットを使っている自分があるわけです。だから、具体的にどうするということは大変に難しいのですが、そこをなんとか折り合いをつけて、簡素で、健康な生活を取り戻すことが、どうしても必要なことのようです。

あ の地震、津波、そして原発の事故で被災されました方、心からお見舞い申し上げます。亡くなられました多くの方々の、ご冥福をお祈りいたします。いつの日 か、この大きな悲しみを乗り越えて、復興の途につくことができますように。それから、原発の事故がこれ以上の被害をもたらすことなく、終息しますように。

「陶 房馬の目ふたり展」。6月28日~7月10日の期間に延期いたしました。梅雨の季節になりますが、アジサイも咲いていることでしょう。明月院も近いので、 どうぞ、北鎌倉においで下さい。われわれは、やはり日常の仕事を、淡々と、たゆみなく、続けていくしか、道はないようです。

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