プ
ロ野球、オープン戦が始まって、ことしもいよいよ、開幕の足音が聞こえてきました。私は別に、それほど熱心なプロ野球ファンというわけではなくて、
ゲームとしてはサッカーの方がはるかに面白いと思っている。例えば、どこかの公園で、私と縁もゆかりもない子供たちが、試合をしてるとしますね。それが
サッカーだったら、私はひと試合まるまる、みていられる。だけど、野球だったら、ちょっと、ダメです。
逆に、世界のトップクラスの試合、
たとえイチローが出ていても、メジャーの野球はみたいと思わない。でも、イングランドのプレミアリーグのサッカーは、日本人選手がひと
りも出ていなくても、できるだけみます。ビッグ4と呼ばれる4チームがありますけど、それが絡んでる試合は、今や、かなりの確率でみてます。アナウンサーのカネコさん、三
菱ダイヤモンドサッカーの時からのファンですよー。
ただ、日本プロ野球の中に唯一、気になって気になって仕方のない存在がある。それが
「阪神タイガース」なんですね。いま、なんと日本で1番の人気チームになり下がった(は、ヘンですね。でも、どうも堕落してしまったような気分がぬぐいきれ
ない)ようですが、そして、実際に戦力的にもかなり強いチームになっていますが、本当にこんな幸せが、何年も続いていいもんなんでしょうか。強い阪神と、地球温暖化は、人類滅亡の前兆なのでは。
サッカーに比べて、野球にある「強み」は、団体競技のくせに、個人成績がはっきり出るという点でしょう。何割何分何厘何毛なんて、極少の
単位まで使って、個人成績が比べられるんですからね。あれ、子供にとっては、「パーセンテージ」とか、「小数」とかいう概念をつくるのには、大変に役に立った。そこにいくと、サッカーでは、得点王争いトップが7点、とか、えらく大雑把な数字しか出ません。整数の世界です。
野球は野手、投手とも実に多くの記録が数字に表現される。そし
て、日本のプロ野球は、かなりの歴史を積み重ねてきましたから、いろんな風に記録を比較することができるようになっている。それから、草創期の、おかしな
記録、不思議な記録、破天荒な記録なんていうのも、ずいぶん蓄積されていて、実に貴重な堆積層をつくっている。なにか気に入らないことがあるたびに、
新リーグを作るぞ、なんていってるのは、その辺の貴重さを理解していないからです。
さ
て、『ニッポン野球珍事件珍記録大全』(織田淳太郎、2003年、東京書籍)という本ををみていましたら、実に信じがたい記録というのは、あるもんです
ね。なかでも、面白いことが起きるのは、ホームランがらみと、ピッチャーの完全試合がらみらしい。例えば、サヨナラホームランを打ったと思ったら、タイム
がかかっていて、無効にされ、打ち直したらピッチャ―・ゴロだったり。ホームランが取り消されるのは、けっこうある。
ジャイアンツ
の別所は、1952年のシーズンで、9回2アウトまで、完全試合。ところが、最後のバッターに、内野安打を打たれてしまう。まあ、これはまま、あることで
す。ところが、このヒットを打った神崎安隆という選手、3年後に引退した、そのプロ通算成績。9打数1安打だったそうです。つまり、生涯に、そのヒット
1本しか打てなかった。別所の邪魔するために、生れて来たような人ですね。感心、感心。
その『ニッポン野球珍事件珍記録大全』のな
かで、私が1番面白いと思った記録、というか、事件。残念ながら、日本の話じゃありません。米マイナーリーグ・ブルーミントンというチームの、ビル・ブリ
ベック1塁手。彼はなんと、6試合連続で、「幻のホームラン」を打ったそうです。生涯に、ではありません。連続して、です。これは、非凡だあ。阪神に取りたい。
ま
ず、1本目、というか、けちのつき始め。彼はレフトに大飛球を打った。ところが、外野フェンスが3フィートから10フィートに高くした直後の試合。これま
でなら完全にホームランだったのに、フェンス最上部に当たってはね返り、ツー・ベースになった。これは、でも、仕方ないね。そんなことで、愚痴はいいたくない。甲子園だって、ラッキー・ゾー
ンを取っ払った直後は、同じようなことがよく起こった。
問題はこれから。次の試合、彼はスタンドに、ホームランをたたき込む。その15分
後、猛烈な雨が降り出して、雨は試合とともに、彼のホームランも、押し流してしまう。その次の試合、7回に特大のホームランを放った彼は、3塁ベースを踏
み忘れてしまう。さらに悪夢は続きます。次の試合、ランナーを1塁において、レフトポール際ぎりぎりにホームランを放つ。
で、彼は慎重に
ファーストベースを踏んで、セカンドに向かうんですが、ランナーはきわどい打球を確認するために、1,2塁間で立ち止まっていた。これを追い越して、ま
た、ホームランは幻に。と、まあ、ここまではそれでも、予想がつきます。雨で中止、ベースの踏み忘れ、ランナーの追い越し。どこかでみたことも、聞いたこ
ともある。でも、この次は、私には予想がつかなかったなあ。
9回、3番の彼は、みごとにホームランを打つ。ところが、相手チームの猛抗議で、
あえなくアウトに。自分の打順じゃ、なかったんです。いつも2番を打ってる選手が、この日はスタメン落ち。ピンチヒッターで出て、そのまま9番に入ってい
た。いつもの習慣で、そのバッターの次にバッター・ボックスに入って打っちゃったから、打順を2つも飛ばして打ったことになる。
なるほ
ど、この人、たしかに不運な面もあるけれど、それなりに素質もあるんだなあ、ということがわかりますね。つまり、相当のオッチョコチョイです。で、最後の
6試合目は、延長15回表にホームランを打ったのに、その裏、日没サスペンデッド・ゲームになって取り消し。もう、これは、審判も敵も味方も、みんなグル
になって、やってますね、きっと。
さて、もうひとつ、『アメリカ野球珍事件珍記録大全』(ブルース・ナッシュ、アラン・ローズ、岡山徹
訳、1991年、東京書籍)という、このアメリカ版みたいな本があって、こちらはさすがに日本版よりもっとスケールの大きな珍記録の数々がのっています。
日本のよりも、選手の個性というか、むしろ、奇人変人ぶりの際立つ話が多いようです。
そのなかでも、特に私の気に入った奇人は、 プー
ル・ワッデルという、1900年にパイレーツに入団したピッチャー。この人、すぐにどっかに行っちゃう人らしくて、ある試合、1回表にチームメートが守備
に就いた時、先発ピッチャーの彼の姿が消えてしまった。他の選手が、彼を発見した時、彼はユニホーム姿のまま、街で子供たちと、ビー玉遊びをしていたとい
います。
無理に球場に引き戻されたワッデルは、ヒット3本で完封した。カッコ、いいですね。どうもこの人の頭のなかでは、子供たちとの
ビー玉遊びも、自分が先発するドジャース戦も、等価だったようです。ある時はペナントレースたけなわの時期に突然いなくなり、みつかった時にはペンシルバ
ニア州パンクストーニーというところの地元チームで、ピッチャーをやっていた。
変わってるなあ。世界最高峰の舞台に身を置いているのに、
なにがうれしくって、それを放り出して、よそに行っちゃうんでしょうか。これはもう、理解不可能。とにかく、みんながありがたがるメジャーなんてものに、
特別な意味を感じていなかったのは、たしかでしょう。目先のことしかみえなくなっちゃうとか、不思議な人ですねえ。不思議だけれど、私はこの人、好きですよ、とっても。
そう
いう人たちが集まってやっている野球というのは、実に面白そうです。全部が全部、そんな選手ばかりじゃ、試合が成立しなくなってしまうけれど、プロのスポーツのなかに
は、いろんな人が混じっていてほしいよ。どうも、常識人ばかりが集まっている世の中で、スポーツの世界まで常識を逸脱しない人ばかりでは、息苦しい。なんだかつま
らないような気がします。
ことし、サッカーはワールドカップだけれど、いまのナショナルチームをみて、はっきりいえるのは、選手に個性が
足りない。私は、ワールドカップに出られるだけで、すごいことなんだと思っていますので、たとえ1つも勝てずに終わったとしても、そのことで選手や監督を
責めようとは思わない。けれども、この人のプレーがみたい、と思わせるような独創性豊かな選手がひとりもいないのは、実につまらないチームだといわざるを
えない。
同様に、野球だって、もっともっと、意外性のあるプレーがみたい。会議で決まった会社の方針を、黙々とこなすサラリーマン、みた
いな選手を、みたくない。人とは別の規範で、天空をひとり行くようなプレーヤーが、みたいじゃありませんか。スポーツって、決して好プレー、ファインプレーだけでできてるんじゃなくて、数々の珍プレーにもまた、彩られているものなんです。
だから今年も、いろんなチョンボ、考えられないような勘違い、信じらんない偶然の重なりあい、そして、その場でむき出しになる、奇人変人たちの愛すべき人間性、みたいなものをたくさん、みせてもらいたいもんです。もっとも、試合が始まったのに鳥谷がいなく
て、探したら公園でワタアメ食いながらゲームやってた、なんていうのも困るけれど。
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