鳥の声
昔から、鳥の声を人間の言葉とし て、聞くことはよくあった。すぐに思い出すのはブッポウソウ。その鳴き声たるや、「仏法僧」、この世の三宝を表すなどという、高邁なもの。あれれ、仏 法僧と鳴くのは、実はブッポウソウではないという話がありましたね。えーと、いま調べました。ほんとにインターネットは便利です。「仏法僧」と鳴くのは、コノ ハズクだそうです。永いこと、誤解されて、仏教界の重鎮たる地位を、不当に、関係ない小鳥に奪われていた。

そ れでは、ブッポウソウはなんと鳴くのかというと、「ジーザスクライスト」って鳴くんだよ、というような面白いことはなくて、ただ、「ギッギッギッ」とか鳴 くんですって。つまんないね。もっとも、こういう目立たない鳴き方をするからこそ、他人の鳴き声の主と間違われて、永年、名誉ある地位を占めたりする んです。本人は、決してだます気があったわけじゃ、ないんですが。
ほかにも、「一筆啓上仕り候」なんていう、礼儀正しいのがいる。ホオジロです ね。「てっぺんかけたか」という、なんだか意味がわかんないけど、日本語らしいことをいうのはホトトギス。そういえば、ウグイスだって、「法華経」と鳴きまして、「仏法 僧」と双璧、仏教界に大きな地位を占めているわけであります。まあ、この辺は、いかにも昔の人が、そう聞き取りそうな、言葉です。難解。いまの人だと、正しく読めない可能性がある。

池澤夏樹氏のエッセイ集『むくどりとしゃっきん鳥』(朝日新聞社、1998年)には、「しゃっきんかえしちくりー」と鳴く鳥の話がある。

どうしても早口で「借金返しちくりー!」と言っているように聞こえる。イントネーションが完全に同じだから、聞けば聞くほど耳に残って、もうそれ以外の解釈はなくなる。

こ の鳥の名前や姿がなかなかわからず、池澤氏はとりあえず、「しゃっきん鳥」と名付けて、正体を調べる。しゃれてますね。で、やがて、この鳥がヒヨドリ科の 「シロガシラ」であることを突き止める。なんでも、もともとは台湾、中国南部、インドシナあたりにいた鳥で、それが池澤氏のいる沖縄・那覇周辺まで、進出 してきたのだという。温暖化の影響ですかなあ。

も ちろん、これは人が持ち込んで、放したのが繁殖したということのようで、すでに、この鳥のせいで、農作物に被害が出始めているのだそうだ。この本が出てから、もう10 年以上がたっているわけだが、現在、「シロガシラ」の運命は、どうなっているでしょうか。心配だ、心配だ。え、そりゃ、もちろん、鳥にせっかくの作物を食 べられちゃう農家の方たちのことが、心配でないというわけではありませんが。

さて、私の家の周りで、近年、「それでいいよ」と鳴く鳥がい ます。それも、かなりたくさん、いる。「それでいい、それでいい、それでいいよ」と、連呼したりします。けっこう、声がでかい。ばかでかい声で、さえず るというよりは、どなり散らしている感じ。朝早くからなあ。でも、声はなかなかいい音色で、美しいといってよい。ほかの鳴き方もするけれど、はっきり日本語 に聞こえるのは、「それでいいよ」。

肯定的で、いいことばでしょう。迷ったときに、このことばに背中を押されるようにして決断したこと に、千にひとつの間違いもない。というのは嘘ですが、毎朝、この声に励まされて一日をスタートさせます。というのもちょっと嘘で、小鳥の声に励ましを感じ なくちゃならんほど、切羽詰まってはおらんぞ、おれは。ただ、聞くとちょっと嬉しいというか、一瞬、気分が和む。

あ る時、目の前に飛び降りてきた小鳥がいて、名前がわからなかった。褐色っぽい、割に地味な鳥だけど、目の周りに目立つクマどりがある。赤けりゃ歌舞伎 なんだが、白いクマどり。かなりはっきりした特徴。さっそく図鑑をみたが、該当なし。インターネットで調べても、それらしい鳥がいない。不思議ですね。これは、珍しい 鳥を、私は発見してしまったかしら、と思ったが、その割には、やたらにその辺にいるんですね、この鳥が。

で、じっと観察を重ねていたとこ ろ、この「クマどり」(いつの間にか、そういう名前で呼んでました)が、実はあの、「それでいいよ」の声の主だとわかった。2つの疑問がつながっ て、ある日、ひとつの解答に結びつく。快感。さて、即座に浮かぶ次の疑問。どうして野鳥図鑑に、載ってないんだろう。ここにきて、私、ようやくひらめきまし た。さっそくインターネットで、検索。「外来種、鳥」。

あ りました。やっぱり、外来種だったんだ。あの、特徴のある目のクマどり。へええ、名前は「画眉鳥」というんだ。漢字の名前が付いているということは、原産地は中国か。うむ、中国南部か ら東南アジア北部だそうです。日本語しゃべってるのに、外来種とは、ね。近年、爆発的に増えてるんだと。ウィキペディアによれば、やはり、声がいい からペットとして飼われたのが、「かご抜け」して定着したのだという。

「かご抜け」ってなんだかすごい。詐欺とか、無賃乗車の手口みたい ですが、この場合は文字通り、かごを抜け出したというだけ。鳴き声だけど、ほかの鳥の鳴き方を真似することもあるんだそうで、器用なんだね。「それでいい よ」というのは、オリジナルなのかどうか、わからない。もしかしたら、ものまねかも。そういえば、うちの近所のカラス(もちろん野性)は、ハトのまねをし て、「ポー、パポポ、パポポ」と鳴きます。

この画眉鳥がどういうつもりで「それでいいよ」と鳴くのかは、鳥に聞いてみなくちゃわからな い。悲しみの表現だったり、するかもしれない。タカ(うちの近所にはいないけど)やイタチ(これもいない、たぶん)やネコ(これはいる)に襲われて、悲鳴 として「それでいいよ」と鳴くかもしれない。おお、捨身飼虎。そうなると仏教説話めいてきて、ああ、ここにも仏教界の重鎮が、という気がしなくもない。

幸 い、いまのところ、こいつの繁殖によって、目立った生態系の変化も起きていないらしいが、やはり数が増えれば、有形無形、他の生物への影響はありうるで しょう。でもね、およそ人間が他の生物に及ぼしている悪影響に比べたら、画眉鳥の影響力なんて、タカの知れたもの。あまり目くじら立てて、目のカタキにし てみても、はじまらないよ。画眉鳥の話はのんきだけど、画眉鳥を通して明らかになる、人間の環境への影響の話は、もう、のんきな状況ではないらしい。

すでに、人間のおかげで、地球は気候変動までおこして、すごいことになっている。日本の夏なんて熱帯みたい。こ りゃあ、文明社会を維持していくのは、もう無理だあ、と思うくらい。生物だって、いろんな種がものすごい勢いで絶滅しているらしくて、気がつけばメ ダカもゲンゴロウも絶滅状態。あのスズメさえ、数が激減しているんだそうだ。これらはすべて人間のせいで、いまさら、画眉鳥を悪者にしても、しようが ない。

個 々の種について、場当たり的に手当てしてみても、仕方がないようなところにきている。たとえば、佐渡のトキのように、自然環境を整えないで、放鳥してみ たって、何回だって絶滅を繰り返すだけに決まっている。もっと、昆虫とか、草とか、そういうレベルから総合的に、みんなが生きていける環境を取り戻さなけ れば、種の多様性とか、豊かな自然とかいうものは、守れないだろう。

いま、エコブームとかいってますけど、もう少し、根本的に自分たちの暮らしを考え直していかないと、遠くない将来、人間は、にっち もさっちもいかないところに、立たされるんじゃないでしょうかね。もう、ほかの生物はみーんな死に絶えて、人間と画眉鳥以外、なにもいなくなった暑い暑い都 会。夏休みの子供たちはアスファルトに覆われた遊園地で、セミも追わず、トンボもとらず、疲れた大人のようにうなだれて、わずかでも風が吹くのを待っている。

そんな光景が、急速に、実現しかけているような気がする。その時にもきっと、画眉鳥は、「それでいいよ」と鳴いているだろうけれど。

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