「平方根」の使い方
数 字の語呂合わせというものがあります。「新大陸は石の国」という、あれです。「いい国作ろう鎌倉幕府」。ああいうのは忘れませんね。クルマで走っていて、 対向車のナンバーみて、やおら、、「以後よく見かけるキリシタン」と叫ぶのは、決して私だけではありますまい。歴史の年号。いくつか憶えていると、役に立 つのは確か。ある事件の起きた年号をみて、あ、ペリー来航の3年後だ、とわかるのは便利です。

同じように、学校で教え込まれた語呂合 わせに、「平方根」というのがある。要するに、二乗するとその数になるというやつです。√2=1.41421356。ひとよひとよにひとみごろ。日本語で すか、こりゃ。人よ人よに人見頃ですかね。一夜一夜に人見頃。意味はよくわからないけれど、まあ、日本語ではありそうだ。憶えやすい。でもこれ、本当にちゃんと、 一番近い数字なんでしょうか。

私の疑いはこうです。もしかしたら、日本語化にあたって、なんらかの理由で、数字を動かしていないでしょう か。考えられる理由としては、1、モラル上の問題、2、縁起かつぎ、なんかがありうる。たとえば、1.564117(ひとごろしいいな)なんて数字が出た ら、ちょっといかん、学校で教えられん、と考える人はいるのじゃないか。または、「なにむしむしくい」というのは嫌だなあ、国じゃ爺ちゃん、今頃畑に出てる かなあ、「なにむしいない」にしとこうっと。

で、実際に計算してみました。暇なんです。人間、暇になると、役にも立たないことを、まじめな 顔して始める。で、1.41421356を2回かける。答、1.99999999328。おお、こりゃ、すごい。なるほど、ほとんど、2だ。でも、まだ小 さい。1.41421357を試してみます。2.00000002157。ああ、やっぱり、誤差は大きくなる。さすが、数学だあ。同じ桁数なら、いちばん 近い数字になっている。

ただ、読みはひどい。意味不明だ。人に見ごろがあるかい(あるかも)。たとえば、これをひとケタ増やします。 1.414213564。「いよいよ、兄さん殺し」。ね、ずっと意味は通りやすくなるじゃありませんか。しかも、より正確。ただ、学校でみんなで声をそろ えていうのには、抵抗あるだろうなあ。人殺しを推奨するのか、なんて。推奨してませんて。数学なんだってば。ちょっと、通りそうもない。やはり、モラルの 感覚が、働いているかも。

√3。「人並みに奢れや」。これは意味明瞭。ねだっている。恫喝的かも。モラル的に、問題はないのか。 「みんな、やっとるやないけ。お前も奢らんかい、こら」みたいなニュアンスが、ある(ないか)。で、計算。1.7320508の二乗。 2.99999997378。これも、かなりのもんですね。ちなみに、ひとつ上の1.7320509をやってみよう。3.00000032019.やっぱ り、誤差は拡大する。

「あたしさあ、ダメなんだよ。みんなに思ってることいえないしさあ、ひとりで我慢して、辛いんだ」、「だめだよ、そ んなの。いいたいことは、頑張っていわなきゃ。もっと、怒っていいんだよ。ね。人並みに怒れば」。はい、「人並みに、怒れば」。このほうが、よくない?ま たは、「否、身に起これば」。冤罪事件に巻き込まれた時、√3を暗記していたことが、あなたを支える最後の力になる。

「富士山麓、オーム 鳴く」。√5。2.2360679。計算。4.99999965341。これも試みに、2.2360680を計算。5.00000010062。おや、こ れは「オーム鳴く」より、「オームや」のほうが、誤差が小さいですね。どうしたんだろう。意味は、「富士山麓オーム屋」だって、通りそうですが。ひょっと したら、オーム鳴くの詩的効果が、評価されたんでしょうか。それとも、「内輪でピッタリ」という原則があるのかもしれません。

√6= 2.44949。「二夜しくしく」。私はこれを、「似よ、よくよく」と教えられた。「しくしく」は悲しいから、「よくよく」のほうがいいかも。もっとも、 ものまね芸人じゃないんだから、「似よ」と命令形でいわれたって、どうしていいかわかりません。それに、悲しそうにみえたところで、二晩泣いたくらいで済 んでしまうことなんて、なにほどのこともありません。人生には、「2年しくしく」だったり、「20年しくしく」だったりすることが、いくらでもあるんです よ、若い皆さん。

で、計算。6.0000012601。ちなみに、ひとつ下がって2.44948のほうは。5.9999522704。や はり、「二夜しくしく」のほうが、正確です。あれ、「内輪でピッタリ」は。原則ではないようですね。詩情の勝利です。そういえば、「二夜しくしく」だって、 あえていえば竹久夢二的詩情が、感じられないこともないような気がしないとはいえないと思われないこともないじゃありませんか。

さ て、最後は√7。なにむしいない。「菜に虫いない」でしょう。要するに、無農薬じゃない。これ、胡散臭いですね。なんで、頭に7がくっついているんでしょ う。ほかにはこんなの、ないじゃありませんか。それと、この「いない」の部分、171ではない。575なんです。いないって読みますか、普通。つまり、こ の語呂合わせは、かなり苦しい。

2.64575。計算結果は、6.9999930625。ひとつ上の2.64576をやってみると、 7.0000459776。やはり、「575」のほうがより近いことになる。正確さには、問題ありません。どうしようかなあ。もっといい読み方はないかし らと、さっきから考えているんですが、さすがに難問のようです。「575」が俳句の字数であることに注目して、「似ろよ俳句」、または、「踏むよ俳句」。

し かし、表現であるからには、独創性が重んじられるであろう俳句に、「似ろよ」というのはどうもねえ。「踏むよ」というのは、「韻を踏む」ということですけ れど、俳句に当てはまるかどうか、無教養でわからない。「菜の花や 月は東に 日は西に」。韻を踏んでるようにも思えるけれど。それと、「俳句」が 「819」ではないということを、憶えておかなくちゃいけないのも、面倒くさい。

と、るる、検討してきたわけですが、最後に残る、ひとつ の疑問。われわれは、どうしてこんなもん、暗記させられたんだろう。さっきいったように、同じように憶えさせられた歴史の年号は、その後の生活に、なかな か役に立った。歴史のなかに目印がいくつか立っているようで、便利です。しかし、「平方根」については、役に立つ、便利だと思ったことは、1度もないよ。

私 は、実生活で役に立つ知識だけが重要だという主張には、与しません。つまり、世界中の劣等生が、自分の勉強嫌いのいいわけにする、「サイン、コサイン、な んになる」という意見には、賛成しません。むしろ、学問、勉強というものが、実生活から切り離されて、ある日虚空に飛び出すことがなかったら、学問なんて いったい、なんだろうと、正宗白鳥的に、思います。

しかし、しかしですね、「平方根」の暗記、それも、語呂合わせまでして。これはい らないんじゃないでしょうか。理数系の分野で生きていくという方には、必須なんでしょうけれど。私なんか、一生に一度も、使いませんよ。世の中に 「平方根」なんんてものが、あることさえ忘れていた。それなのに、折にふれて、なんの前触れもなく、頭のなかに浮かぶ悪魔の呪文、「ひとよひとよにひとみ ごろ」。

で、なんとか使い道を、考えました。いつかすごいお金持ちになって、真っ平らな大平原をみつけ、そこの地主さんに言うんだ。「あ なたのこの広大な土地のうち、2平方キロを、私に売って下さらんかな。形は正確に正方形にしてくだされ」。地主さんは絶対に断りますね。そんなもん、切り 売りしたら、不便でしょうがない。でも、私は、なにせその時には大大大富豪ですから、法外な、大平原全体を買えちゃうくらいのお金を、積み上げます。

「そ、 それじゃ、私の土地を、全部お売りしますよ」、「いやいや、それでは困るのですじゃ。わしは、平方根をどうしても使いたいのですからな。ホ、ホ、ホ」、 「ふうん、まあ、その平方根でもなんでも、けっこうですがね、それじゃ、真四角にすりゃあ、いいんですね。でも、どんぐらいの長さになりますかなあ、その 真四角は」、「うふ、うふ、うふふふふふ。そこですじゃ、そこですじゃ。いいですかな、2平方キロの正方形をつくるのには、ですな」

「1 辺が、1キロと、414メートルと、21センチ、3.56ミリの正方形を描けばよいのですじゃ」。「へええ、大したもんですな、すぐに出るんですか、そんなこ まっけえ数字が。ようがす、それじゃ、おまけして、1キロと415メートル、測ってきまさあ」、「え、い、いや、それは困る。正確に測って下され。1キロ と、414メートルと、21センチ、3.56ミリ。それより多くとも、少なくともいけませんぞ」。

で、私はめでたく、正確に2平 方キロの正方形の土地を手に入れまして、意気揚々と、境界に杭かなんか、打ちはじめます。そうすると、土地を売ってくれた地主が、やってきます。「困る よ、爺さん(取引が終わると、彼は元の横柄でけちな地主にもどっており、私を爺さんと呼ぶようになっております)、その杭は、おれの土地にはみ出ている よ」

「いや、そんなはずはないと思いますじゃ」、「なーにいっとんのよ。そんな、直径6センチもある杭をぶっ立てちゃって。あんたの土地 の端数は、3.56ミリだったじゃないのよ。これじゃ、針金の太さ分の、0.8ミリばかり、こっちに出てるでしょうが。困るなあ、正確じゃなくっちゃ」。 やっぱり、「平方根」って、あんまり、ものの役には立たないと思います。

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