忘れられた直木さんと荒木さん

直 木三十五という作家を、ご存じでしょうか。芥川賞と並 んで、日本でもっとも有名な文学賞である直木賞に、その名を残す作家ですね。でも、芥川の方は、いまでも広く読まれている(読まれているんでしょうね、 ちょっと不安ですが)のに比べ、直木の方は、作品を読んだという人は、あまりいないんじゃないでしょうか。『南国太平記』なんていうのが代表作となってい ますが、お読みですか。

もっ とも、直木三十五が読まれなくなったのが不思議というよりは、あくまで芥川龍之介の方が例外なのです。たとえば芥川の盟友である菊池寛、久米正夫な んかだって、いまとなっては、ほとんど読まれていないでしょう。ちなみに私は少し読んでみたけれど、久米は正直いって、あまり面白くなかった。やっぱ り、古くなっている。菊池は後半に大量生産した恋愛小説(『真珠夫人』みたいの)は面白くないけれど、前半の、時代小説群は、いま読んでも、大変に面白い です。

さて、この直木三十五という人、少し変です。なにが変って、名前が変でしょ。数字だけで名前ができている人って、けっこういて、私 が知っている範囲でも、一(はじめ)という人がいた。昔、ジャイアンツに高橋一三というピッチャーがいて、コントロールが悪い人で、ワンスリーなんて、揶 揄されてました。ジャイアンツのピッチャーというだけでもなんなのに、作家の高橋和巳と紛らわしくて、私としてはあまり愉快でない存在でした。

世 の中には小林一三という有名人がいて、私はその方面にはまったく暗い人間なので、小林一茶の誤植かと思ってました。こういう風に、名前が数字でできている 人は、さほど珍しくない。でも、読みが、ねえ。高橋一三は「かずみ」だし、小林さんの方は「いちぞう」だそうです。直木さんは、「さんじゅうご」だもん ね。もろ、数字のまんまです。

この名前が、もっとすごいのは、年齢と連動してまして、年とるごとに数字が増えていった。三十一から始まっ て、三十二、三十三と進んで、三十四は飛ばして三十五で落ち着いた、ということのようです。相当、変な人ですね。で、この忘れられた作家、直木三十五が、 もっと忘れられた剣豪「荒木又右衛門」について書いた『鍵屋の辻』という小説を、読んでみました。面白かったですよ。

この小説は「青空文 庫」で読めますが、青空文庫の底本になった『仇討二十一話 大衆文学館』(講談社、1995年)に収録されているそうです。短いから、すぐ読めますが、講 談なんかでだいぶ脚色されたらしい仇討事件を、リアルに描いています。それによれば、36人斬りといわれている荒木の活躍も、実際に斬り殺したのは2人 だったんだそうです。それも、2人目は2人がかりだったみたいですよ。

事件は、渡辺源太夫というのが、河合又五郎に殺されたことに 始まります。原因は岡山藩主池田忠雄の小姓だった源太夫に、又五郎がちょっかいを出したが、振られたので、殺してしまったという、「痴情のもつれ」といい ますか、女っけ抜きなんですがね。で、源太夫の兄の渡辺数馬が、仇をうつわけなんだけれど、普通だったら、兄が弟の仇をうつことはできない。

自 分の親とか尊属が殺された場合は、仇討になるんですが、自分の目下が殺された場合は、ダメなんです。自分の子供が殺されたからといって、仇討に行くことは できない。奥さん(これは目下とはとても思えませんが、当時は違う)が殺されても、仇討は認められない。だから、数馬が源太夫の仇をうつことは、普通はないんで す。

こ れは前から不思議な感じがしていたんだけれど、やっぱり、現代人とは感覚が違う。家の存続ということが、根底にあるからじゃないでしょうか。親(戸主)が 殺されれば、子供が仇討して、家督を相続すればよい。殺されたこと自体が不名誉なことでもあるから、名誉回復のためにも、仇討する必要がある。だけど、子 が殺されたからといって、当主が出ていって殺し合いをするわけにはいかない。相続順位が高い兄が、弟の仇討に行くわけにはいかない。

だか ら、仇討といっても決して、家族愛だけから出ているわけではないんでしょうね。いま盛んにいわれている「遺族の処罰感情」なんていうのとも無関係。考えら れているのはひたすら、家の存続。サムライというのは、現代人とはこのあたり、けっこう、行動原理が違うようです。ではどうして『鍵屋の辻』になったのか といえば、忠雄殿様が自分の小姓を殺されて、怒っちゃったらしいんです。やっぱり、痴情のもつれ。しかも殿様、病気で死んじゃって、その死に際に遺言し た。

「わが墓に、又五郎の首をたむけよ」かなんかいったわけですから、これはもう、だれも逆らえない。かくて、原則無視の仇討が始まる。 又五郎の方には、河合甚左衛門と、桜井半兵衛というのがつく。いずれも武芸に秀でていて、特に半兵衛は、槍の名人だったそうです。数馬の方には、ご存じ荒 木又右衛門のほか、門弟の岩本孫右衛門、河合武右衛門が助太刀になる。みんな、名前が似ていて、紛らわしい。

で、鍵屋の辻。張本人の又五 郎と数馬は一騎打ち。又右衛門は、強敵の甚左衛門と、半兵衛を引き受ける。直木三十五の筆力、このあたりの立ち回りが大変にリアルで、実際に刀を持って戦 えば、たしかにこうなるだろうな、と思わせる。又右衛門、まず、甚左衛門を早くやっつけることに、全力を挙げます。

「甚左衛門ッ」
大 音声の終らぬうちに大きく一足踏出した又右衛門の来金道(らいきんみち 刀の名です)、閃くと共に右脚を斬落としてしまった。馬から落ちる隙も刀を抜くひ まも無い。タタと刻足に諸共今打下した刀をひらりと返すが早いか下から斬上げて肩口へ打込んだ。眼にも留らぬ早業である。河合甚左衛門、自慢の同田貫へ手 をかけたが抜きも得ないで斃されてしまった。

いきなり右脚を斬りおとしたんだそうです。凄いですね。これは大変に実際的だと 思われる。とりあえずひとりやっつけておいて、次の強敵と相まみえるわけです。各個撃破。で、すぐに半兵衛と闘うわけですが、半兵衛、さっきいったとお り、槍の名手。そばに小者が、槍を持って控えています。この槍を半兵衛に渡させないのが、孫右衛門と武右衛門の役目。ディフェンスに徹する。その結果、半兵衛は、得意でない刀 で、又右衛門と相対します。

(半兵衛は)軒下に焚物の枯松葉が積んであったが其処まで押しつけられてしまった。散らかしてある松の小枝に半兵衛の踵がかかる、その「間」、
「エイッ」
心得て一足退る。足をとられて松葉の上へ倒れかかるその一髪の隙、来金道が肩先へ斬込んできた。どっと倒れる所、孫右衛門得たりと斬つけて耳の上と眼の上へ傷を負わせた。

半 兵衛はこれで、二,三日して死んだといいます。又右衛門の勝利、相手が転んだ所に打ちかかり、仲間も参加して、めった斬り、という感じで、あまりカッコよ くはない。けれど、こういうのが本当に強いということなんでしょう。さて、この間に、当事者の二人はどうしていたかといいますと、もう、二人とも、へとへ とに疲れきっております。

数馬と又五郎は刀を杖にしてただ立っている だけである。咽喉はもうからからになって呼吸もつづかない。指は硬直してしまって延びも曲りもしない。掌は痛むし刀は重いし、眼は霞むようだしぼんやりし てしまって相手が刀を上げるとこっちも上げるし、休めば休むという風に反射作用で動いているだけである。

という状態。そこを又右衛門が叱咤して、仇を討たせる。

数馬が刀を取上げると又五郎も取上げたが、もう人の身体かも判らない。斬込んだ刀の重み祐定の切味で、左腕を斬落した。又五郎も形だけは受けてみるが手もなく倒れてしまった。

とどめを刺した数馬に、「気を確かに、しっかりせぬとこのまま死んでしまうぞ」と、これも大変に実際的な力づけ方をして、『鍵屋の辻』仇討の大団円でございます。
さ て、ここで面白いのは、又右衛門、半兵衛との戦いの最中に、小者に棒で腰を撲られたという話がある。なんだなあ、36人やっつけたんだと思ったら、たった 2人だし、棒で殴られちゃうし、又右衛門って、ほんとに強かったんだろか、という、一抹の疑いを抱かざるを得ないエピソードになっているわけですが、ここ で直木三十五、芥川龍之介のことばを紹介しています。

芥川は、「そりゃ君、又右衛門が棒だと知っていたから撲らせておいたのだよ」といっ たそうです。なるほど、芥川という人は本当に機知に富んだ、頭のいい人ですね。片方で命のやり取りをしているんで、棒なんぞ気にして、隙をみせるよりは、 ほっといて撲らせておいた方がいいんです。もし、小者が刀で打ちかかって来たんだったら、また別の対処をしていたはず。

とこういう風に、 直木三十五、なかなか面白い。どうですか、部分的に読んでも、大変に面白そうでしょ。ほかの作品も、けっこういけるんじゃないでしょうか。芥川龍之介の小 説が、いま読んでも面白いのはもちろんですが、菊池寛も大変に面白い(『真珠夫人』を除く)。こうしてみると、読んで面白い本は、まだまだいくらでも、あ るわけです。これからの秋の夜長、古い本を引っ張り出して、心しずかに読書するなんていうのは、間違いなく、人生のよろこびのひとつですね。

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