トラの寺
日 本に「トラの寺」というのが、2つあります。京都の 鞍馬山と、奈良の信貴山。もっとあるのかもしれませんが、私の知る限り、この2つが代表的だといってよさそうです。どちらも、トラの年、トラの日、トラの刻に毘沙門天が出現して、この地に寺を立てなさい、かなんかいったのが寺の始まり、と いう言い伝えがあって、「トラの寺」ということになっております。ふんふん、毘沙門天さんも、なかなか忙しい。で、この正月に、2つの寺を、回ってきました。

まあ、物好きな、といわれそうですが、それから、2月になって、まだ干支のトラの話かよ、といわれそうですがね。私どもは、 トラの張り子だの、土鈴だの、トラッキーだのの、コレクターだもんですから。もともと、コレクトしていたわけでもないんですが、トラ(あの、タテジマの、 ダメトラとかいわれてるヤツです)がどうも気になって、気になって。そのせいで、どこかに行って、トラ関連グッズをみると、ついつい買ってくるということが、重なりま して、いつの間にか少し、たまってきた。

ことしはトラ年で、なんと、12年に1回のことだそうですから、もしかしたら、ことしを逃すと次 は12年後でないと手に入らないという、それこそ阪神の優勝みたいな、貴重品のトラグッズがあるのじゃないか、と思って、でかけたわけです。それをいま話 題にすると、どうしても、いまさら、干支の話かよ、ということになってしまうわけで、諸事情ご賢察のうえ、先にお進みください。2月になったって、トラ 年にゃ違いねえじゃねえかよ、と、開き直っております。


こ の2つの寺、共通点も多い。トラの縁起はもちろんですが、どっちもけっこう険しい山に、多くの堂宇といいますかね、建物が配置されているところも、似てい ます。また、かたや牛若丸が天狗に剣術を教わったという「鞍馬天狗」の寺ですし、もう一方はいわずと知れた、国宝中の国宝、「信貴山縁起」の絵物語を擁す る(本物は奈良の国立博物館にあるんだそうです)という、いずれも歴史ある、由緒正しい寺であります。また、どちらにも狛犬ではなくて、狛トラがいる。

ところが、実際に行ってみると、雰囲気はかなり違う。鞍馬山は静かで、凛として、一種厳しい荘厳な雰囲気。ところが、信貴山ときた ら、全山お祭り騒ぎといいますか、大騒ぎ。建物やら旗やらも、カラフルでにぎやかなんですが、なんといっても、人。寺側の人も、客(といってはいけないんでしょうが) も、もう大盛り上がり。ちょっと、上野のアメ横みたいな雰囲気であります。意外といえば、意外。だって、「鞍馬天狗」と「信貴山縁起」ですから、どっちか といえば、鞍馬の方が荒唐無稽、信貴山の方が格調高そうな気がするじゃ、ありませんか。

とにかく、信貴山。参道のわきに、やおら、ばかで かい張り子のトラみたいな「大寅」が置いてある。こいつがちゃんと、首降るんです。これはねえ、かなりでかい。でかいから、首振るのも、ゆっくりで、 時間がかかる。相当あほらしいですよ。もう、嬉しくって、たまりません。だからみんな、きゃあきゃあいいながら、写真撮ってます。もちろん私も、何枚も 撮ってきました。そのほか、いたるところにトラ、トラ、トラ。かどごとに、トラ、という感じ。

よく、お寺の、お札とか、お守りとか、売っ てるところ、ありますよね。巫女さんみたいのがいたりする。ああいうところにトラグッズがいっぱいです。破魔矢にもトラの張り子がぶら下がっていたり、首 を振るのとか、土鈴とか、とにかく、ありとあらゆるトラグッズがあふれている。完全に、スーベニア・ショップ。しかもその売店(といってはいけないのかも)が、やたらたくさん、あるんで す。それをまた、みんな、争って買うね。


雰囲気としては、12年に1回しか買えないどころじゃ、ありません。「売れるものは何でも売りまっ せ」、「なんでも、もってっとくんなはれ」みたいな感じ。売ってるおじさんだって、「きっとご利益がございますぞ」みたいな重さは、かけらもない。「えー い、もってけドロボー」とはいわないけれど、まあ、それに近いノリ。関西のあきんどでんねん。私、ちょっと商品を、「こっちのと換えてくれますか」と頼んだ ら、「えー、かましまへんで、ちょっと待っとくんなはれー」。そうして手に入れたダルマのトラ。わが家の家宝になりまんねん。

で、信貴山のお土産はもち ろん、「寅まんじゅう」。要するに浅草の人形焼きの、トラの顔したようなもんですが、これが異様に迫力のある顔なんです。まんじゅう持って、よそ見なんか していると、手を噛まれそうな気がします。子どもなんか、びっくりして泣きますよ、きっと。ええ、かわいくない、怖いんです。食いつくのにちょっと、勇気 がいる。信貴山の「寅まんじゅう」。インパクトあるお土産として、お勧めです。

こういう、いかがわしさとまではいわないまでも、騒がしさ は、寺の方針なんでしょう。信貴山のホームページをみたら、ことしの正月、「阪神百貨店梅田本店の福袋に朝護孫子寺監修のおみくじがつきます」というのが あった。もう終わっちゃいましたが、ここまでせんでも、と思う一方、ちょっと欲しかったなあ、なんてね。
これが「朝護孫子寺」という、いかにも重々しい名をもつ寺ですから、ちょっと、驚きです。

で も、ね、考えてみると、あの「信貴山縁起」だって、けっこう、騒々しいもんなんだよね。米俵が空を飛んだり、なんか変な子供が車輪みたいのを転がしてた り、躍動感、いきいきしているといわれるけれど、いい方を代えれば、うるさい。それを無邪気に、新しい画面が出てくるごとに、きゃあきゃあ(といったかど うかは知らないけど)喜んだ昔の人って、けっこう、正月に信貴山に行って、どでかいトラみて喜んでた人たちと、似てるんじゃないでしょうか。「善男善 女」って、きっとあんな風だよ。

さて、一方の鞍馬山。最初に渡されるパンフレットにいきなり、「鞍馬山は信仰の道場です。浄域を守るため にご協力願います」とあって、「大きな音を出したり騒いだりせず、静けさを大切に」と、入山参拝の心得の第1番目に書いてある。「浄域」ですからね、信貴山とはずいぶん、雰囲 気が違います。私らが行ったときはちょうど小雪が舞っておりまして、うっすらと淡雪が積っているという、いやがうえにも静謐なのでした。


こ このトラグッズは、阿と吽2体のトラの置物。そこらじゅうに溢れてない。本堂の片隅で、ひっそりと売っておりました。同じデザインで、2体が一つになっている土鈴があるはずなの ですが、見当たらないので聞いてみますと、「あれは2月になりませんと、お売りしまへんのどす」と、まあ、この京都弁はいい加減ですが、どこまでもおっと りしています。これが信貴山ですと、「ちょっと待っとくんなはれやー」とかいって、おじさんが奥の方から、去年の残りかなんかをみつけてくれますよ、きっ と。

杉の巨木に囲まれ(極相林ということばを、昔、ここで覚えました)、淡雪に包まれてモノクロームの世界になった鞍馬山。しんとした静 けさと冷気の中で、しゃんと背筋が伸びるような思いがしました。それにしても、「鞍馬山」と「信貴山」。京都と、大阪に近い奈良では、文化圏が違うんで しょうか。そう思われるほど、極端に違う表情をみせる、2つの「トラの寺」です。

ここから、京都と大阪の文化論かなんかに発展していくといいんですが、もちろん、それは手に余るので、「違うなあ―」といいっ放しで、はい、終わりです。

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