甲州道筋
こうしゅうどうすじ


甲州道筋
東海道筋から北上する甲州道沿いにあった町を「脇町」といい、
これらの町は城下町小田原としての商人色の濃いところでした。
又、甲州道筋の脇町にも横町・小名があり、
山上横町、誓願町、錦織町などがありました。

青物町
23.青物町(あおものちょう)
小田原北条氏時代、町内には野菜市(いち)が開かれていたのでこの名がついたといわれ、
商人の多い町であった。東京の日本橋にあった青物町は、
徳川家康のころ江戸の町づくりのため、この土地の人たちが移り住んだ町といわれる。

一丁田町
24.一丁田町(いっちょうだちょう)
この町は、商人町の色が濃く、
町内には郷宿(ごうやど・公用で藩役所などへ出向く村人が泊まる宿屋)も数軒あった。
町内の東北部に誓願町といった小町があるが、
この名は、誓願寺の門前にあたるためといわれている。

台宿町
25.台宿町(だいじくちょう)
この町は江戸時代からの商人町で、後には衣類を扱う店が多かった。
町内の東には、山上横町という横町があり、
林角(林学)小路かこの町と一丁田町との境を西に向かっている。

大工町
26.大工町(だいくちょう)
小田原北条氏時代、この町は大工
(この時代、鋳物師や左官、鍛治工などの諸職の職人頭を大工といった)
が住む町であったために、大工町と呼ばれたと伝えられている。
江戸時代からは大工だけではなく商人も住むようになった。

須藤町
27.須藤町(すとうちょう)
町名の由来は、小田原北条氏の総職人頭で、
北条氏の領内の職人を統括する立場にあった須藤左衛門が住んでいたためといわれている。
町並みには商家が多く、江戸時代を通じ有力な商人が住んでいた。

竹花町
28.竹花町(たけのはなちょう)
この町は、小田原北条氏時代からある北の城門であった井細田口に近く、
江戸時代末期には郷宿(ごうやど・公用で藩役所などへ出向く村人が泊まる宿屋)や
日用雑貨品などを売る店が多く、城下町の出入口らしい町並みであった。

山上横町
29.山上横町(やまがみよこちょう)
町名の由来は、小田原北条氏の家臣山上強右衛門の屋敷があったためといわれている。
この横町には、一丁田町と台宿町の境を東西に延びる通りで、誓願町寄りをいう。

誓願町
30.誓願町(せいがんちょう)
町名の由来は、誓願寺の門前にあたるためといわれている。
この小町は、一丁田町の東寄りの地域をいう。

錦織町
31.錦織町(にしこりちょう)
この地内に「錦織明神」がまつられていたところから「錦織町」(東海道分間延絵図)といわれた。
明治以降は、「錦織横町」とも呼ばれ、
現在の「錦通り」の名は、この「錦織明神」や「錦織町」に由来する。


引用・参考文献

各旧町名保存碑
小田原市教育委員会 歩く・見るおだわらの城下町・宿場町 小田原市

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