小田原城のマンジュシャゲ

馬屋曲輪、三の丸小学校の向かいの石垣上です
お彼岸の季節に小田原城の各所でマンジュシャゲ(彼岸花)が咲きました。
画像は馬屋曲輪、三の丸小学校の向かいの石垣上です。

別の角度からUPしてみました
別の角度からUPしてみました。
マンジュシャゲの球根には毒がある為、モグラも寄りつきません。
良くお目にかかるものは土留めとして田んぼのあぜ道などで植えられてきたものです。

本丸法面の石垣です
場所を移して、本丸法面の石垣です。
この場所と先ほどの馬屋曲輪の場所は南向きに面し、とても日当りの良い場所です。
近年鬱蒼とした雑木が伐採されるなどして日当りが良くなり、
以前から植えられていたマンジュシャゲが芽を出したのではないでしょうか。

別の角度から撮影してみました
別の角度から撮影してみました。
石垣の上に並んで咲いているように見えましたが実は斜面です。
これは関東大震災の被害によるもので、
石垣ごと斜めにズレ落ちてしまっています。

こども遊園地の近くの本丸法面です
こちらは遊園地の近くの本丸法面です。
石垣と共にマンジュシャゲも転げ落ちるかのように咲いていますね。
おそらく崩れる前は、馬屋曲輪のように石垣の上にたくさん植えられていたのでしょう。
このように小田原城の石垣は殆ど崩れてしまい、積み直された石垣は昭和初期のものです。

幸田門の近くの三の丸土塁の上です
こちらは幸田門の近くの三の丸土塁の上です。
マンジュシャゲは球根種の植物の為、他の種子植物と違い、
風や鳥を媒介するなどして移動できません。
つまり、人為的に植えられない限り場所を選べないということです。
では、誰が植えたのでしょうか?

美しいですね
美しいですね。
マンジュシャゲの球根は毒抜きが可能で食べられます。
戦国時代から近世にかけて歴代の城主のどなたかが、
お城の土留めと篭城の為の非常食を兼ねて植えたのかもしれません。
つまり、マンジュシャゲも文化財の可能性があるのです。

マンジュシャゲも城址公園を彩る花の一つになりました。
大切に保存していきたいものです。


参考及び引用 田代道彌 談


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