■ 第2話 ばれんという道具の話
ばれんという摺り道具のことを一般の方はなかなか知る機会がないかと思います。現在のばれんの歴史を知る上で昭和初期に出版された、錦絵全般を知るための素晴らしい研究書であるこの書籍から、馬連についての記述を一部ご紹介してみます。
石井研堂 著 錦絵の彫と摺 芸艸堂 昭和4年初版
馬連は、紙背を擦りて圧を与え、絵の具を紙に着かしめるもので、刷子と共に錦絵を摺り成す上の最要具である、その名の起こりは明らかにしないので、文字も仮用に止めおく。全体を言えば、撚り紐を渦にした芯あり。芯を当皮でおさえ、その全部を竹の皮で包み、竹の皮の両端を結んで手に把るようにしたのが馬連で、その底部になる竹の皮が紙背を擦るのである。
(芯) 馬連の芯は、竹の皮の線条を、円座の形に渦巻かせたものである、その法、竹の皮の根の両端を二三寸切り捨て、其の裡面の薄膜を剥ぎ捨て、針の尖で徐かに割って糸となし、之をつないで二タ子に撚り、それを又四子に撚り、また撚り合わせて八子の線と為す、之を平らめに渦形に巻き固め、その中心より外円に向かって放射線状に、五ヶ所或は八ヵ所を元結で結び、形の崩れないようにする、又特に上等密画用の馬連は管糸の十二子撚りに、柿渋を塗ったものを用ひ、又粗製の安物は、渋馬連とて、美濃紙又は雁皮紙の紙撚り(こより)を八子に撚合せ、之に渋を塗って用ひ、精粗其の原料が同じくない、また絹地に摺る馬連の芯は、鋼鉄線を用ひるを秘事とする。
(当て皮)当皮は、極浅い小皿か、挽地の神の鉢に似た形のもので、馬連の芯を其の内に納め、形を保たせる為めのものである、張抜を普通とする、其の法、円い模型に、西ノ内紙を幾枚も渋糊で張り重ね、中央部は2分厚さ、周囲は一分厚さ、下面に向かった縁を2分厚さ程にし、然る後、其の面には、絽又は紗の切を張り付け、蝋色漆で塗り上げたものである。
(包み皮)芯を当皮の内に納め、之を包み結ぶ竹の皮を包み皮という、竹の皮屋では、多くの竹の皮の中から、面の平で筋目の高くない皮を選び出し、馬連用として売っている、それでも尚其の表は筋立って平らでないものである、で、目こすりということをして、筋の立てるを潰し、平ならしめ、紙の上を摺る時に成るべく軽く紙と密着し、むらに当たらないやうにする、目こすりは、竹の皮の筋目を、こすり殺すの謂ひで、水に漬けて柔軟にした竹の皮を、堅木の板の上に載せて伸ばし、その筋立つているのを、剪刀の尻か猪の牙などで、横にこすつて潰し、皮を平らにするのである。白皮を内にし、斑面を外にして馬連を包み、皮の両端を中辺にて交へ結び、余分を剪りすて、其の結び目を広さ一寸七八分の木綿切にて巻き、手に執るに便ならしめる、この把手さえ出来れば、馬連は出来たのである、この、竹の皮で包み結ぶのは稍熟練を要し、摺り師の巧者不巧者は、大抵馬連の包み結び方を見て判断がつく、と言い伝へる程で、これが満足に出来れば、一人前の摺り師といふて差支えないとしてある。
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