□ 日本の職人めぐり ばれん芯つくり名人 横山文治氏
文: 高見澤たか子(ルポライター) 昭和49年 版画芸術 4号 阿部出版 刊
摺り師が、自分の命のように大切にする馬連は一見、丸い板を竹の皮でくるんだようにみえますが、それを解いて見ると細かく編んだひもを渦に巻いた芯と、その芯をおさめる当て皮とに分かれています。
東京では幸いこの当て皮と芯をつくる名人がいますが、専門に商っているわけではなく戦後自分の道具が欲しいばかりに、古い馬連をこわして見よう見まねでつくりだしたという摺り師さんたちです。すでに仲間内で評判なばかりか、外国へも幾度か頼まれては送ったということですが、まず馬連の中身を作る横山氏文治氏をたずねて話を伺ってみました。
いい竹の皮が欲しい
「わしらの商売は、竹の皮が無くちゃ成り立っていかないんですよ」横山さんは昔のようにいい竹の皮が無い事を嘆きますが、馬連の中身も、また馬連を包むにも、絵の具鉢をかきまぜる溶き棒もみな竹の皮が使われているのです。馬連の中身は紙紐でつくった円座のように見えますが、実は竹の皮で編んだひも、それも竹の皮の元の部分の両端2〜3センチは捨てて、真ん中の固いところを長さ15センチほどとって材料にします。
作業は先ず竹の皮を水に漬け柔らかくして、内側の甘皮をむくことから始まります。2〜3センチ幅に大雑把に裂いた竹の皮の、元から2センチほどのところに幅の広い見当ノミで、甘皮だけに切れ目を入れます。横山さんは器用に爪で甘皮を起こすと、後は一気にす〜っとはがします。
「これがうまくいくと実に気分がいいんですが、竹の皮のたちが悪いとなかなかうまくいかないんですよ」
苦労して甘皮をはがすのは、甘皮をつけたままでは固く編みあがらない上に、太さもそろわずむらが出来てしまうからだそうです。甘皮をはがした後、針で2〜3ミリの細さに裂きますが、この行程をもう少し楽にしたいという願いから、横山さんはある道具を作りました。2枚の木片の間に5本の針を3ミリ間隔で並べてはさみ、これを使うと一度に5本の竹の皮が裂けるしかけです。「ところがだめなんですよ。理屈じゃうまくいくはずだったんだが、竹の皮には薄いのも厚いのもあるんで、裂くときには薄いのは幅を広めに、厚いのは細めにと、かげんしなきゃならないんです。これだとどの皮も同じに出来ちゃうんでまずいんですね」やはり竹の皮のたちを見ながら一本ずつ針で裂くより仕方がないという横山さんのことばに、ほんのわずかな機械化さえ許さない手仕事の厳しさが感じられました。
指先にたこができるまで
いよいよ編み始めるとき竹の皮は濡れ手拭の間に挟んで、湿り気を与えます。横山さんが自分で作ったという木の台にかけながら4本の細い竹の皮を2本づつよっては、さらに縄をなうように指先でよりをかけていきます。「最初はしとり(湿り気)がかかっているんでらくなんですが、二度目からは指にチタニウムホワイト(顔料)をつけてやるんで、指先がほてって寝つかれないんですよ。指先に穴があいて、たこができて、そうなりゃかえってなんともなくなりますがね」こうして4本どりを2度撚ったものが(4んこ)と呼ばれる墨線用の細い馬連になります。3回合わせたものが(八っこ)で、もっとも一般的に使われるもの。編みかげんによって同じ八っこでも細めのものと太めのものが出来ますが、それも使い手によって細めは小色(小さな色版)に、太めは地つぶしにという使い分けがされます。
理想的なばれんは、編み目がどれも金平糖のようにとがってできなければならないそうです。それでも使っていくうちに、その編み目がつぶれて、馬連がきかなくなるので、摺り師は円座をていねいにほどいて、逆さに巻きなおして使うということです。職人さんたちが道具を大切につかうようすがわかるような気がしますし、つくるにもまた気の遠くなるような時間がかかるのです。横山さんが毎晩3時間ずつ編んでも約一週間かかるそうです。「この短いのを20ヒロ(両手を広げた幅)の長さまで編んでつなげていくんですから、こんな骨の折れる仕事はありませんよ」
こういいながらも「道具つくりのうまい職人は仕事もうまい」というとおり昨年黄綬褒章を受けたベテランの横山さんは仲間から頼まれてつくるにも、きれいに仕上がったほうがいいからと、わざわざ白竹の皮を選んで編む昔気質の職人さんなのです。