日本の職人めぐり U 高見澤たか子    版画芸術 5号 阿部出版 昭和49年刊行

                        ばれんの当て皮つくり     村田勝麿氏

竹の皮を編んだ馬連とそのばれんをおさめる当て皮とは、まさに表裏一体の関係、よい馬連はよい当て皮におさめられてこそ、その効果を十二分に発揮できるのです。前回の馬連の芯づくりの名人、横山さんについで、当て皮をつくる村田さんをたずねてみました。裏に「村田」の印を押した当て皮は、いまや腕に覚えのある摺師にとっては宝のようなもの。東京にも京都にも専門の摺師が使うにたるような当て皮をつくれるひとは、村田さんをおいてほかにいないのです。

和紙の力
 和紙を五十枚近くはり合わせて、板のようにかたい当て皮をつくる、いかにも和紙の性質をよく知リぬいた摺師か考え出した道具だと思います。大きなつぶしを摺るにはしっかりした新しい当て皮、細い墨線や柔らかい感じのものは使い込んで、やや柔らかくなった当て皮という使い分けをすることでわかるように、かたい木のように見えてもそこには和紙のしなやかさと弾力か秘められているのです。戦後まもなく村田さんか当て皮をつくり始めたとき、手をとって教えてくれる人がいたわけではなく、古い当て皮を水につけて、一枚ずつそっとはがしては使われている紙質、枚数、はり方の順序などを研究したそうです。「あらかた、四つか五つはこわしたでしょう」こういいながら新聞紙の包みを開いて村田さんが見せてくれたのは、水につけてはがされ、ボロボロになった古い当て皮の解体品でした。

一日一枚のペース
 「ちょっとはってみましょうか」村田さんはこういって、丸太を二十センチほどの厚さに切った、太鼓のような当て皮の型を持ち出してきました。四十八枚ばりが標準だそうですが、丸く裁った薄手の和紙には一枚ずつ柿渋が塗ってあります。最初の一枚は仕上り寸法より大きい紙をふちだけにのりをつけて、ていねいにひだをとりながら型にはりつけます。二枚目からは刷毛で紙全休にのりをつけ、型の上にのせて手でそっとならしてから、その上をローラーをかけるように細い竹筒を手のひらでまんべんなくころかします。紙の接着面に少しでも空気が残っていると、当て皮がすぐ柔らかくなったり、ふちからはがれてきたりするのだそうです。たった一枚の紙をはるのにこれだけの手間をかけることに驚きましたが、のりが完全にかわかないうちは次の一枚がはれません,「入梅どきなんかは1日に一枚ぐらいでしようか一村田さんはゆったりとこういいましたが、何百枚、何千枚と摺り上げる摺師か使う道具であればこそ、それだけの確かさが求められるのは当然かもしれません。

複雑な行程
 古いばれんをはがしてみると、紙は古い帳面を利用しているそうです。「そういう枯れた紙のほうが狂いがなくて工合がいいんです」と村田さんはいいます.しかも帳面の紙なら罫や文字を目安に、紙の繊維の方向を放射状に平均にはることができます。いまそうした古い通い帳も手にはいらないので、村田さんは新しい紙に紙の繊維の方向を示すため鉛筆で線をひいています。湿度の高低によってのびちぢみする和紙は、繊維の方向を目茶苦茶にすると、はり上ったときにひずみができてしまうのだそうです。はり方も一様ではなく、たとえば仕上り寸法が直径四寸一分の小ばれんを例にとると、最初にまず寸法より大きい五寸五分をふちだけにのりをつけてはり、次が五寸一分を十二枚、二寸九分が四枚、また五寸一分が四枚と五種類ほどの大きさの違う紙を交互にはり重ねていくわけです。仕上げの途中で周囲にぐるりとかんなをかけ角に丸味をつけ、最後に黒い絽のきれをはって仕上げとなります.最初の紙にはふちだけにしかのりがついていないので、まわりに小刀を入れると当て皮はパカッとときれいに型がらはずれます。いろいろ大きさの違う紙をはり重ねるのは全体に自然の丸味を持たせるためですが、村田さんはむかしの名人がつくったあてがわに習ってさらに二枚の半円形の紙を間を少しあけて貼る行程をはさみます。これは当て皮に弾力を持たせるためだそうです。絽をはって型からはずしたあと、黒い漆が塗られるともう当て皮は紙でつくったものとは思えないほどのきれいな自然のカーブを描いた塗りもののふたのように見えます。

 芯つくりの横山さん同様、黄綬褒章を受けた大ベテランの摺師である村田さんは、忙しい仕事のあいまにこうして方々の仲間から頼まれては当て皮をはり続けています.若い摺師さんでだれか覚えようというひとはいないものかとたずねると、「のりひとつにしてもわらびのりを煮て、それを柿渋でといてまたすり鉢でするという面倒な仕事です。よく仲間の寄り合いなんかで聞かれはしますが、ほんとうに覚える気なら私のところまで聞きにくりゃいいんですよ。『教えてあげるからおいでよ』なんていっても『仕事がひまになったら行きます』なんて、仕事がひまになればもう当て皮なんか用はないんですがね」と笑うのでした。

                              トップページへ戻る