西やん画論
                第2章 形も色も近似値である


(その1)  「直線は曲がっている」

前の画論でお話したように道の向こう側の道端の線はまっすぐのはずなのに右の方へ視線を移すと右上がり

に見えます。部屋の中で向こう側の敷居を見てもそれはわかると思います。右上がりにならないためには丸い

部屋を作りその真ん中に自分がいればどこを見ても視野の真ん中へんで敷居の線は水平です。つまり直線は

まるく見え、丸い線は直線に見えるのです。でも電信柱のようなタテの線は直線に見えるんじゃないか、と思う

でしょう。ところがです。ならんで立っているとても高い2本の電信柱を想像してください。高さ2mくらいまでは

平行な2本の直線といえます。視線を上に移してゆくとやがて空の上のほうでハの字のように寄ってきます。

道と同じなのです。建物の柱も低ければ直線ですが高ければ曲がるのです。本当に曲がっているのではなく

曲がって見えるわけです。作り方がわるくて本当に曲がっている電信柱もあるでしょうけど(笑)。話をもっと

深めると、本当の直線というものがあるのかどうか数学と物理学の大問題でもあります。直線といえばまっすぐ

な線、とわかりきっているようでいて、きちんと定義しようとすると案外むずかしい。まっすぐとはどういうことか?

曲がらないこと・・・曲がらないってどういうこと? まっすぐなこと(笑)。ま、そこまで話を深めずに絵のレベルに

戻しましょう。つまり私たちがまっすぐだと思って見ている線は本当はすこし曲がっている(曲がって見えている)

のです。でも狭い範囲ではまっすぐといっても差し支えありません。近似値としては直線といえます。05.10.11


(その2) 「私の赤とあなたの赤はちがう」

同じ絵を2人の人が見るとき同じに見えている、と普通は思っています。でも同じに見えているという保証はあり

ません。形については近眼、老眼、乱視による差はあってもまあ同じに見えていると言っていいでしょう。この線

は右から何センチの所にあると客観的にも言えますから。でも色については感じ方の個人差があります。色も

客観的に言い表すことはできます。色相・明度・彩度の3つの数値できめられます。でもそうやって指定した同じ

色を2人の人が同じに感じとっているかどうかはわかりません。2人の人どころか自分の2つの目でもわずかな

違いがあるのです。右目で見たときと左目で見たときと見えるものの色が微妙にちがいます。夜のほうがその

差があるようです。自分の目でも違うのですから別の人の目ではもっと違うでしょう。それは味や匂い、温度の

感覚などを考えてみればすぐ納得できるでしょう。私は寒いのに彼は暑がっているとか。これが別の動物になる

ともう全然ちがっちゃいます。犬の目に見える世界、鳥の目に見える世界、昆虫の目に見える世界・・・。「ミツ

バチの科学」という有名な本がありますが、実験を重ねてミツバチは人間には見えない紫外線を色として感じて

いることを証明しています。人間には白に見える花でもミツバチには別の色に見えるそうです。この世の見え方

は多様なわけで、人間の目に見えるこの世の姿が「本当の世界の姿」というわけではなさそうです。また話を

広げてしまいましたが、そこまで考えなくても同じ絵を私とあなたが全く同じに見ているとはかぎらないのです。

網膜の色覚細胞の数のちがいというような生理的な差のほかに、ある色を温かく感じるか、寒く感じるかみた

いな心理的な差もあります。青空に悲しみを感じる人、喜びを感じる人。その人の人生体験にもよります。ゴッ

ホの黄色、セザンヌの青、マチスの赤。は見る人ひとりひとりに微妙に違って見えています。それを私たちは同

じ色を見ていると思いこんでいますが近似値として同じ色なのです。 05.10.12


(その3) 「光変われば色変わる」

同じものの色が生き物によってちがって見え、人によっても微妙にちがって見え、同じ人の右目と左目でも

ちがって見える、というのが前の画論でした。ところが同じ人の同じ目でも色はちがって見えるのです。あた

る光によって。陽の光と電球と蛍光灯とで色がかなり変わることは皆さんご存知ですね。電球は赤っぽく、蛍

光灯は青っぽく見えます。お日さまでも夕暮れは赤っぽくなります。ある絵の正しい色とはその絵を描いたと

きの光による色です。ですから戸外で描かれた絵を室内の電気の光でみたら本当のその絵の色ではありま

せん。室内で描かれた絵でも電気のなかったふるい時代の絵は、電気の光でみたらちがう色です。画集の

絵は特別な照明をあてて撮影したものを印刷インキで刷るのですから、元の絵とはかなり変わってしまいま

す。その絵が描かれたときと同じ光でその絵を見る、というということは実際にはかなりむずかしいことです。

そういう意味でも私達は近似値で絵を見ています。それでも画集の絵に感動し、美術館のうす暗い照明で

見る絵に感動できます。そのわけの1つは絵の中の色は単独で働いているのではなく、となりあった色や

離れたところの色とも関係を持って響きあっているからです。全体がわずかに青っぽくなっても2つの色の

関係はある程度保たれます。たとえですが10という色と8という色の関係は、9という色と7という色の関係

と、差が2という点で同じです。絵の中の色というのは、この「差」が重要であると思います。単独の色の味わ

いよりも周りの色との関係から生まれる味わい、音楽のハーモニーにあたるでしょう。 2005.10.17