小田原古城
おだわらこじょう

小田原城天守閣から八幡山を望む
JR東海道線を挟んで城址公園、天守の裏の山を八幡山と言います。
この八幡山は古くは大森氏、ついで北条氏が使用したお城があったと言われてきました。
このお城のことを八幡山古郭と言いい、戦国時代の土で造られたお城がありました。

八幡山古郭イメージ 作画杉山実氏
八幡山古郭イメージ 作画杉山実氏
関東ローム層と言われる火山性の粘土質の土は滑りやすく、
城壁をよじ登る事は不可能と言われます。
この時代では防御性が非常に高く石垣の城を造る必要性が無かったのです。

史跡八幡山東曲輪
江戸時代に入ると御留山としてお城としては使われなくなり、
その結果、八幡山古郭は戦国時代のお城の形状を残し、
小田原城は戦国時代の中世の城と江戸時代の近世の城が、
隣り合わせで共存する全国でも珍しいお城となりました。


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残念ながら殆どの史跡が開発により消滅してしまっていますが、
小峰大堀切東曲輪、新しく公開したばかりの三の丸外郭新堀土塁など見学できるポイントがあります。
戦国時代の北条氏の小田原城を思い浮かべながら八幡山を探索してみてはいかがでしょうか。

見所は以下の通りです。詳しくは画像をクリック!!

小峰大堀切 小峯大掘切
戦国時代の小田原城は上杉謙信や武田信玄などの攻撃を相次いで受け、
どちらも跳ね除けますが、現在の二の丸の付近まで攻め込まれました。
この反省から、北条3代目氏康によって三の丸が構築され、
その外郭に小峰大堀切が築かれたと言われます。
小峰大堀切は戦国時代の堀切としてはもっとも保存状態の良い場所で、
堀底は遊歩道として公開されています。
この堀切は東堀と言われ、他中掘、西堀とあり複雑な形状をしています。

三の丸外郭新堀土塁 三の丸外郭新堀土塁
平成24年3月24日より一般公開した新しい歴史展望公園です。
箱根外輪山から続く天神山尾根筋に展開した新堀の遺構だけでなく、
箱根方面から相模湾にかけての素晴らしい眺めが眼下に広がります。
小田原北条氏の監視と防衛の要として重要な場所であることが伺えます。
開放時間は年末年始を除く10時〜15時頃まで。
お問合わせは小田原市文化部文化財課0465-33-1718まで。
東曲輪 東曲輪
平成22年度に公開されたばかりの新しい史跡公園です。
土塁などお城らしいものは何も残されておりませんが、
天守閣をも見下ろす景観は素晴らしいの一言。
マンション建設予定地でしたが市民の手で勝ち取った公園です。
発掘調査では建物の柱の跡らしい穴や土器などが見つかっています。

本曲輪 本曲輪
戦国時代の城の中心部と言われています。
現在は何も残されておりませんが、隣接する小田原高校には、
櫓台と思われる土塁が残り、発掘調査により古墳であると判明しました。
眺めも最高の場所なので戦国時代の小田原城を思い浮かべながら、
探索してみるのも面白いかもしれません。

鍛冶曲輪 鍛冶曲輪
小田原高校向かいの城山庭球場ですが鍛冶曲輪と言われ、
甲冑師や刀工が集団で住んでいたと言われています。
城址公園の天守閣の石垣下に『ホト石』と言われる石がありますが、
元々鍛冶曲輪にあったものです。
熱せられた鉄製品を水で冷やす為に使われたと言われてます。

御前曲輪 御前曲輪
御前曲輪は現在の城山陸上競技場ですが、
またの名を人質曲輪とも言われ謎が多い曲輪です。
大名婦人の居館があった場所ではなく神仏を祭る場所だそうで、
合戦の前後の祭事が行われたのではないかと言われてます。
画像はグラウンドを造成中に出土した敷石遺構です。
場所は少し違う所から出土しましたが再現保存されています。


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