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あ と が き
私は、これまで「駒ヶ岳」の山名のルーツとなった「駒の雪形」に、興味を持ち続けてきました。 たまたま、これまで農業関係で仕事をしてきましたので、「駒の雪形」と農業との関わり合いについても、関心を持ってきました。 しかし、現在では、農業技術の進歩によって稲の作型も変わり、作る作物も変わって「雪形」を見て農作業を始めるという時代ではなくなってしまいました。 また、山麓のいろいろな変化によって、人々の生活・習慣も変わり、「駒の雪形」とも縁遠くなりつつあるのではないかと思います。 かつては「駒の雪形」は、山麓の人々の生活に、密接に結びついていたと考えていますが、それがだんだんと薄れていってしまうのではないかと思います。そして、やがては「山名」として残るだけで、「雪形」も忘れられてしまうのではないかと心配しています。 そこで私は、どこまでやれるか分かりませんが、各市町村のお力をお借りして、駒ヶ岳山麓の方々の「駒ヶ岳」との関わり合い、とくに「駒の雪形」と農作業との関連、生活や風習・信仰などについて、調べてみることにいたしました。 そして、駒ヶ岳山麓の各市町村には、厄介な調査にご回答を頂いた他、貴重な写真や資料、文献のコピーなどを頂きました。 また、別なページで表示しましたように、多くの文献やWebを参考にさせていただきました。 これらについては、ここで厚くお礼申し上げます。 ここに発表したものは、それらのうちのごく一部です。未完成のものですが、ご笑覧いただきたいと思います。 そして、まだ分からないことも沢山あります。これらについては、今後とも調査をしていきたいと思っていますので、いろいろな面でご協力いただければ幸いです。 |