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| 1. 渡島駒ヶ岳 ( 1998・09・17〜19 ) 山の会「ホイッスル」の仲間の功刀さんから、「渡島駒駒ヶ岳」へ行きませんか? とのお誘いを受けた。 山頂着が12時45分。折角登ってきたのだからと、昼食を後回しにして早速430MHzでCQを出したがしばらく反応がない。平日ではダメかなと思っていたところ、函館市、室蘭市、白老郡白老町から相次いで呼ばれ、カード交換を約束した。 下山は13時23分。登ってきた道の途中から、椴法華村(とどほっけむら)へのコースをとった。下りきった所に立派な国民宿舎があり、予約しておいたタクシーが待っていてくれた。行きがけに運転手が、下ったところに「水無海水温泉」があると教えてくれたので、そこで汗を流そうかと話していたのだが、行ってみたら台風の余波で、とても入れる状況ではなかった。昆布が流れ着いていたので、それを引き上げたりして少し遊んだ。 夜景も早々に、1ポイント稼ぐためにCQを出したら、函館市と青森市の2局から呼ばれ交信が成立した。これでまた1ポイント追加でき、強風の中で頑張った甲斐があったと気を良くした。 駐車場を10時に出発。大沼の辺りは、時折雲が切れて日が射すのが見られるかと思うと、またすぐガスに覆われてしまう。駒ヶ岳は相変わらずガスの中。時折ガスの切れ間から、馬の背辺りが望める程度だった。雨に降られないだけで最高!と、ゴロつく雨上がりの登山道を歩いた。 11時05分に馬の背に到着。ガスで遠くは見えない。剣が峰や砂原岳、火口も何も見えない中で記念撮影をした。 馬の背を経由して、銚子口分岐が13時39分。この辺りからまたシラタマノキの群落が始まる。こちらのルートは利用者が少ないのか、少々荒れていた。はるか彼方に大沼。その手前に赤い「駒ヶ岳神社」の社が見えた。 藤田観光が開発した別荘地でヤマブドウの実を見つけた。房を取って味見をしたら美 17時に、大沼公園の鮨屋にようやく到着。乾いた喉をビールで潤し、地元のネタで作った美味しい鮨でお腹を満たした。それにしても、今日はよく歩いた。そして雨にも降られず、念願の「渡島駒ヶ岳」に登ることができて、大満足の一日だった。 ( 1999・02・17発行「駒ヶ岳ファンクラブ通信」NO.40 に掲載されたものを加筆・編集 ) |
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4. 秋田駒ヶ岳 の花々を訪ねて ( 0993・08・04〜07 )
8月4日早朝、車で自宅を出る。首都高〜東北自動車道は、意外とすいていたので順調に走った。予定した時間より早かったので、平泉ICでいったん降りて「厳美渓」、「毛越寺」、「中尊寺」を見た。さらに田沢湖に寄ってから、午後4時ごろ田沢湖高原の民宿「みどり荘」に入った。 この時期、秋田市で「竿頭まつり」が行われているため、宿泊客が田沢湖高原まで流れ込み、どこの宿も満員で、ようやく取れた民宿であった。 「秋田駒」は晴れ上がり、山頂までが良く見えた。今年は天候が悪く梅雨以来山は全く顔を見せなかったという。ようやく昨日から晴れ上がり、登山には今日が最高の天気だったとのことだった。 翌5日は、早朝のバスが無いため、民宿の主人に無理を言い、駒ヶ岳の八合日まで車で送ってもらった。八合日は、早朝の空気に包まれ、すがすがしい。湯森山の稜線を超えて、真っ白い雲が流れている。天気は大丈夫だろうか? などと考えていると、一瞬のうちに雲が切れた。 避難小屋の横から「横岳」に登り、大焼砂に下ってコマクサの群落を見る。コマクサの花期には少し過ぎていたが、イワブクロが咲き始めていた。目の前には「小岳」、まだ噴火跡が残る「女岳」、それと並んだ「男岳」がそびえ、美しい眺めだ 再び「横岳」に戻り、今度は「湯森山」へ向う。砂質の急な道を下り切り、登りにかかった辺りから、登山道の両側はヨツバシオガマで埋めつくされていた。まさに、ヨツバシオガ 「乳頭山」までの間は、ハクサンシヤジンの大群落が登山道の両側を飾る。「乳頭山」への急登が終わると、遠くは少し霞んではいるが、360度のすばらしい展望が待っていた。ここで小休止の後、「田代岳」の木道を気持ち良く歩き、蟹湯へ下った。樹林の中の長い下りには、少々ウンザリした。 7日は早朝に宿を発ち、お昼過ぎに自宅へ着いた。 ( 1994・04・07発行 「駒ヶ岳ファンクラブ通信」NO.9 に掲載されたものを加筆・編集 ) |
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7. 会津駒ヶ岳 にハクサンコサクラを訪ねて(1993・07・29〜31 )
7月29日、念願の「会津駒ヶ岳」のハクサンコザクラに会うため、妻・さがみの会の鈴木さんを誘ってに桧枝岐入りした。 ( 1994・04・07発行「駒ヶ岳ファンクラブ通信」NO.9 に掲載されたものを加筆編集 ) |
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10. 越後駒ヶ岳・赤城駒ヶ岳 ( 1995・07・14〜16 )
7月15日は、駒ヶ岳ファンクラブの「会津駒ヶ岳」集団登山の日であった。すでに二人とも「会津駒」には登ってしまっていた。そんなところに田中さんから、この日に合わせて「越後駒ヶ岳」に登らないかとのお誘いを受けた。二人だけではなかなか行けないところなので、二つ返事でお願いする。 |
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| 16. 若狭駒ヶ岳 ( 1999・05・21〜22 )
5月21日朝、娘が泊まりで金沢市の友達を尋ねるというので、その留守を狙って、前から気になっていた「若狭駒ヶ岳」行きを決めた。 |
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