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| < 条里制跡? > |
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風の冷たい冬場はストーブの傍でついつい地図サイクリング
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参謀本部陸軍部測量局による、明治16年測量、同19年製版の迅速図とよばれる2万分の1の地図がある。国府津駅の開業が明治20年というから、まだ東海道線も来ていない。
![]() 昭和礼文社刊行による迅速図より 「小田原」(部分)
酒匂川、富士道橋から国府津方面に向かう「富士道」と呼ばれる道がある(上記地図)。古い道にありがちな二車線ぎりぎりの道幅で、図のように "かぎの手" に折れて続く。 以前から、この直角に曲がる道を不思議に思っていたが、律令時代の条里制地割りの跡と考えれば納得がいく。県内で正確に条里地割りが確かめられた箇所はまだほとんどないとのことだが、道の様子からこのような箇所は足柄平野、相模平野など県内各地で、数多く見ることができる。
久野近辺(同上)
千代台地には最初の国分寺?と思われる千代廃寺跡があり、府中(ふなか)という地名などから永塚に最初の相模国府を想定する説がある(「神奈川の古道」藤沢市教育委員会刊で木下良氏)。
< 巡礼街道(上記地図)>
現在の巡礼街道は郊外型ショッピングモールが立ち並び、趣を一変させた。迅速図上で巡礼街道は騎小径として表され、国府津側では一部直線を崩す部分も見られる。巡礼街道が約3kmの直線道路となるのは、大正6年に始まる耕地整理による。昭和42年に復員15mの歩道を備えた現在の道路が完成。(「巡礼街道をたどる」石綿勉氏)
迅速図、凡例の一部 □
足柄平野を走っていると、都市化が進む普通の田園地帯にしか見えないが、調べてゆくうちに幾層にも重なりあった歴史がみえてくる。下堀には中世土豪の館跡がきれいに残っている。
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