< 下堀方形居館(中世土豪の館跡) >

 

2002/2

 


下堀村 昭和礼文社刊迅速図「小田原」(部分)

古い地図は面白い「これは何だろう」 なんてものがある

 

 

 迅速図「小田原」に土手で囲まれたようなものがみえる。好奇心につられて回り道をしてみた。近所の方に声をかけて聞いてみるが、意外にも地元でも知らない人が多い。帰宅後、調べてみると中世の館跡とある。

 堀に囲まれた方形の区画で「下堀方形居館」。「大日本国誌」(明治10年)に下堀城址として記載があり、東西約103m、南北に約129m。一部に土塁も残している(北西の角と南西)。足柄平野で遺構が残る、唯一の中世土豪クラスの居館型方形囲郭。これだけ当時の原形をとどめているのは珍しいとのこと。(小田原市史別冊、城郭編より)

 

東側

北東角

    南面入り口から西側を見る

                        

 志村氏の祖先が武田信玄の内命を受けて、駿河竹ノ下より、ここ下堀に移り住んだという。居館跡を中心に志村姓が多く、北条氏よりそれなりの待遇を得ていたものと思われる。(小田原市史別冊、城郭編より)

 


     西側土塁の切断面

 

 現在、ここの区画は落ち着いた住宅地となっていて、南側から中に入ることができる。訪れた日は西風が強く「春まだ浅き」というような一日だった。風は冷たかったが陽射しは春をおもわせ、足柄平野はどこも梅が満開だった。

 

 
             南側入り口から

 

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 実はここが初期相模国府だったのではないか。

足柄初期国府説