新編 磯丸全集
六十四、はるはるとの巻 |
尾張の國なる、田鶴丸ぬし三たりよたりいさなひ給ひて、伊良古崎にものし給ふに、磯のあないすとて |
はろ/\と問こし君もいらこ崎みるめは波の哀とやみん |
遠江の國なる龍丸ぬし、伊良湖崎にものし給ふとて |
伊良湖波の花さへ咲ちりて磯のみるめもたたならぬかな |
かへし |
みるめなき伊良湖の崎の波にしも君かことはの花咲にけり |
伊勢の國にありける年、冬の比友人に別て歸るとて |
友千鳥別おしみて百千かへり清き渚を過かてになく |
人もとへ見おくるとて |
みかきみよ光りは同し玉くしけふたみの浦の貝ならすとも |
親しき友人、春のころ故郷に歸り給ふに |
咲花に心もとめす行人を鳴てとゝめよ園の鶯 |
寄火戀 |
煙たに及ぬかたを泳つゝ心からゆく海士のもしほ火 |
わか思ひあさまかたけにもゆれとも煙立ねは知人もなし | |
下もえはけふりの末も及はしな雲より上に見ゆる富士の根 | |
寄浦述懐 |
かそふれは五十に近く鳴海かたよる年波の早くもあるかな |
述懐 |
老と成つらさも知らて急こし昔にかへれよするとし波 |
哀此老と成身を歎てもかへらぬ年の波のうたかた | |
老の波よりくる年もわすられて花咲春をまつの浦しま | |
春のころ吉野河にて |
吉野河花の露ちる春かせに岩こす波も匂ふ長閑さ |
雉子 |
かり衣ひも夕暮のかへるさに妻とふ雉子恨てやなく |
花と柳とは、いかにと人のいゝければ |
散やすき花の色には移らしと心柳の糸に社よれ |
子日祝 |
千代ふへき君が例に引ものは子日するのゝ小松なりけり |
早春河 |
吹とけて音こそまされ鈴鹿河氷も波にかへる春かせ |
いつくにかのかれても見ん海士衣世のいとなみのかゝる袂を | |
遁へき方こそなけれ海士衣よのいとなみのかゝる袂は | |
秋の山といふ題を |
露時雨いかに梢を染つらん千入に見ゆる秋の山端 |
いつしかと秋の日数も龍田山峯の紅葉の色そ増れる | |
旅宿戀 |
甲斐なしや露の情も一夜のみ伏見の里の草の枕は |
更衣 |
移行時こそうけれ夏衣ひとへに惜き花染の袖 |
五月の比、東なる歌人のま見へ侍りて、程なく歸り給ふに |
歸るかな花橘のなき宿はきてもとまらぬ山時鳥 |
時鳥又も問はや我宿に花橘をうへてまたまし | |
暁郭公 |
ほとゝきす暁かけて鳴聲に袖社ぬるれ老のねさめは |
師の君の御もとへ |
忘れしな流いくせにへたつともその水上のふかき惠は |
水上は哀とや見ん行水の清き流も汲しらぬ身は | |
月前郭公 |
さやけさを忍ひてや鳴久かたの月の桂の山ほとゝきす |
寄道祝 |
かしこしな及ぬ雲の上まても心かよへることのはのみち |
琴の音を聞て |
ぬしや誰思ひしらへて引琴の音による物は心なりけり |
衣か浦にて貝をひろふて |
濡ぬとも袖に包まん旅ころもうら珍らしき波の花貝 |
放宿にて梅の花盛を見て |
おのつから手折ぬ袖も香に匂ふ梅咲宿に馴るゝ此比 |
歸るとて |
さき匂ふ園の鶯聞捨て花なき里へかへる身そうき |
人の許に立よりて |
盛なることはの花の林には絶す木傳ふ鶯の聲 |
藤河なる、大須賀ぬしにま見へて |
紫のゆかり尋ねて藤河の花のさかりに問はんとそおもふ |
寄草戀 |
消かへりもゆるさかのゝ若草にいつか結はん露の玉の緒 |
躑躅 |
色深きときはの山の岩つゝしいはて思ひにこかれてやさく |
雪中の鷹狩りといふ事を |
みかりのゝ鳥立も見へす降雪に尾ふさの鈴の音計して |
同し旅の宿りにて政春ぬしのかへり給ふに、別れを惜みて |
浦波に立かへるとも旅衣日數經すして又もとへかし |
返し |
隔てなき三河尾張の浦なみも立別れていつか逢見ん 政春 |
萩の花の散かたに成けるを惜て |
くり返しみるかうちにも散花を結ひも留よ庭の糸萩 |
萩原氏の母君は朝ゆふ怠りなく佛前に手向し給ふをかんし侍りて |
御佛も嘸なめつらん法の花朝なゆふなの君か手向を |
尉と媼の書きたる扇に歌よめと人のこひければ |
もろともに落葉かく身も千代やへん名も高砂の松の下かけ |