新編 磯丸全集


三十三、京の家つと 天保十年

(この集は天保十年二月磯丸が都にのほりし時に詠みしものでこの外に同時の歌葉に「都の家つと」と 称するものがあるが大部分同じであるから重複したものを省いて、便宜上本集に合して載せることにした。)

 

天保十年という年の二月十日都へのぼらんとてよめる

いろふかきかすみとともにたひころもたちやのほらん花のみやこに
 
ゆくさきは花のみやことおもへとも猶をしまるゝふる里のそら
田原の御家中正陳君の御もとにて、あるし正陳君より、磯丸ぬしとふらひきまして、やかてかへらんといひけるに、しきりに雨ふり出しければ
 ふりすてゝたちなかへりそたひころも君をとゞむるけふの春さめ
御かへし
をやみなくふるとて雨はいとはねとふりすてかたき君かことの葉
 
さく花のみやこにいそく心たにそらにかよはゝあめもやままし
庭の梅の花の邊にて鶯のこゑを聞て
明暮に君はきくらん窓ちかき梅にかよへるうくひすのこゑ
正陳君の花かめに櫻の花をさして、歌そへてみせ給ふに
さしてみるかめの櫻のほかにまた君かこと葉の花もめつらし
又柳をさして歌そへてみせければ

よりこすはしらて過まし青柳のいともめつらし君かことの葉

桃の花をさしてみせ給ふに
見ても猶よはひやのひん三千年をかけてなるてふ桃のはつはな
吉田の里にて
このころは山もかすみていろふかみふくも吉田の花の春かせ
櫻町といふ所にて
あつさ弓春たつ日より花櫻まちしかひあるさかり嬉しも
藤川の里なるしるへのかたにたちよりて
さかぬまも名をなつかしみ藤川のゆかりたつねてわれは来にけり
鳴海の里にて
ふる里をおもへは遠くなるみかたかゝるなみ路に袖そぬれける
あゆちかたにて
櫻田の盛なるらんあゆちかた浪の花さえにほふのとけさ
熱田宮にまうてゝ
萬代をかけていのらんみしめなはめくみあつたの神のゐかきに
ならすの梅をみて
よしやみはならすの梅にたくふとも花さく春を神にいのらん
 
こととはんいかてならすのうめの花さけはみのなるならひある世に
御神前にぬかつきて
木のまよりあつたのもりにあかねさす日かけににほふあけのたまかき
宮の里より船にのりて、桑名へわたるとて
伊勢のうみの清きなきさに船よせて見るめやからん貝やひろはん
二月十日あまり六日の夕つかた雨ふり出しけれは、關の里なるしるへの方にとまるとて
戸さゝねと心と泊るたひのそらふりくる雨を關もりにして
 

心していたくなふりそ咲にほふはなにはいとふころも春さめ

鈴鹿川にて

岩浪の音たかくなる鈴鹿川ふりくる雨に水やまさらん
 
鈴鹿山ふりさけみれは大海のなみちはるかにかすむふるさと
二月十日あまり九日の日都にのほりて
きてみすはしらて過まし九重の花のみやこの春のにしきを
芝山大納言様廿年あまり五めぐりの御法事をいとなみ給ふによみて奉る
おほろなる月にとひきてあふくかな雲かくれにし君のみかけを
 
おもかけは雲かくれても有明のつきぬ御たまを世にあふくらん
御像を拝み奉りて
わけいりてけふこそあふけことの葉の花のはやしにゐます御かけを
禁中花
九重の花やさくらんそらたかきおほうち山にかゝるしらくも
鶯のこゑを聞て
九重の花のみやこのそらたかくなくうくひすのこゑののとけさ
 
御園なる花やさくらん九重のみかきよりもるうくひすのこゑ
 
御河水なかれもふかくにほふかなやえ九重の花のさかりは
禁中花
きゝわたるみはしのもとの櫻花人つてならて見るよしもかな
 
九重のそらもひとつににほふかなくものうへなる花のしらくも
 
いつくにも花はさけとも七重八重けふ九重のそらそのとけき
 
家つとにいてひと枝とおもえともみかきまちかき花は及はし

御當座御出題 花

いろふかく野にも山にもさく花にちり行ものは心なりけり
 
かよふなよいまを盛と咲き匂ふ花にはいとふ春のやまかせ
 
かり衣きてこそみつれよそめには雲とあさむく山さくら花
 
里遠みきてみぬ人の家つとにたをりてゆかん山さくら花
朝花
天の戸のおしあけかたに匂ふかなくもにわかるゝ山さくら花
 
久かたの天の戸あけてあかねさすひかけに匂ふ山さくらはな
夕花

ひとしほにいろこそまされくれなゐの夕日さしそふ山さくら花

花如雲

よそめには雲とのみ見て過ぬらんあたらよし野の花のさかりを
梅の歌よめとおほせことかうふりて
御館守君かかさしに梅の花いろ香もふかくさき匂ふらん
御庭に松を植させ給ふに
庭の面に千年をかけてうつしうゝるまつとともにや君そさかえん
春雨
さひしさは軒の糸水いとまなくくりかへしふる春の長あめ
 
高根なる雲もきえましのとかなるこのめはるさめふるの山さと
三河の國より京へのほりし人、あまり心の美しき人ゆゑ

 くみなれし人の心ののこらねは三河のなかれ清しとぞ思ふ  より子

かへし

はつかしな君か心のすみしゆえ淺き三河のそこやみゆらん
 
くみなれし三河の水は清けれとすまねはへおのか心なりけり
又御そばの御女中より、竹によせて祝ひの歌よみてたまはりければ、かへしまゐらせて
見ても猶心すくなる竹のこのきみにならはゝ千世もへぬへし
 
契りおく竹のこの君よゝふともふかきみとりのいろなかはりそ
芝山宮内太夫様、みたりよたりいさなひたまゐて、若菜つませ給ふとて、野邊に出させ給ふに、よみて奉る
紫の袖ふりはえておもふとちわか菜つみにや君はゆくらん
夕つかたかへらせ給ふよみて奉る
色ふかき野邊に心をつくつくしつみてや君はたちかへるらん
天保十年二月二十日あまり五日芝山様御殿にてよみて奉る
くりかへし君は経ななん千代八千代まさ木のかつらたまの緒にして
 
あふきみれは八重丸重にさき匂ふ雲のうへなる花のしらくも
 
御河水流れもにほふこゝのえのみかきの櫻いまやさくらん
おく御殿へめされて

ことの葉の道をしるへにわけいりて及はぬおくの花を見るかな

御庭に松を植させ給ふによみて奉る
ひめこ松たましく庭にうつしううる君とともにや千世もさかえん
御庭の櫻の木に、かへてのこく染みたるを見て
さき匂ふ花にならひて秋の色を春にかへてのこくそめつらん
御隣の花をみて
山櫻かなたこなたに匂ふかなはなはかきねもへたてなりけり
 
中垣のうちそとまても咲みちてとなりへたてね山さくら花
御庭に苔をつけさせ絡ふに
しらつゆの玉敷く庭の苔むしろ敷きしのひつゝ君はみるらん
御盃をめくみ給ふいたゞきて
くむことに光りやさゝん空高き雲のうへよりもらすさかつき
又さかつきといふことをかくして

くるゝともわけやのほらん老のさかつきのひかりのさすにまかせて

御庭の柿を接せ絡ふによみて奉る
つぎ/\に花もみもなりさかえまし君かつぎます庭のたま柿
天保十年二月廿日あまり三日東園様へめされてよみて奉る
名にしおふ君か御園の花さかり八重九重にさきにほふらん
御庭の椿の花を見て
しら露の玉しく庭の玉つはき君は八千世をかけて見るらん
御出題 夕蛙
長き日のくるゝもしらすあらを田をかへす/\もかはつなくなり
 

小山田をゆふこえくれはせきいるる苗代水にかはつなくなり

藤花初めて開

咲そめてかゝるみとりもにほふかなまつにかひある池のふちなみ
 
ちりうきしきしの櫻のあととめてまつにそかゝる池のふちなみ
春神祇
御社にひくしめ紐もあらたまのとしをむかへていはふみや人
 
あら玉のとしをむかへてちはやふる神まつるらしかものみや人
禁中灯
久かたの天つ星かとみゆるかな雲のうへなるともし火のかけ
東園様へよみて奉る
名にしおふ花の御園にはつかしなちりのこと葉をかきのこすとは
筆と紙を御めぐみ給ふによみて奉る
いそによる浪々ならぬ筆のうみのふかきめくみはかきもつくせし
ことの葉によむともつきし名にしおふかさね/\のかみのめくみは
寄竹祝の歌よみてまゐらす
 行末の千世を契りてくれ竹のさかえんかけに君はすむらん 保光院
 

 くれ竹のかはらぬ色に契り行君かよはひも久しかるへし 同

天保十年三月十あまり八日、故郷へかへるとて、御名残ををしみて

ふる里にかへる家路はものうくてなれしみやこのたちうかりけり
 
をしまるゝみやこに春をのこしおきて花なき里にかへる身そうき
 
あまをふねみ河の浪にかへるとも又もみはしのもとによらまし
 
おもへとも身はわけられぬものなれは心計をのこしてそゆく
 
ふる里へかさねてゆかん七重八重けふ九重の花のにしきを
 
春かすみたちわかれなはいか計みやこのそらのこひしからまし
 
人とはゝ花の都の空をのみかへり見かちに行とこたえよ
勢田の長橋にて
末遠くかゝるいのちも長橋のはしの守神をいのりわたらん
石の里なるより子の君のもとに、ふつかみか草の枕をむすふとて、たはふれ歌よめる

草まくらむすふもかたきいしへなるひとの心のたのもしきかな

又都へよみておくりまひらす
をしまれてたつことかたき石部なる里のむま屋にけふもくらしつ
 
みやこ路につけよまつかせをしまれてけふもいしへの里にとまると
 
かへりみる都のそらを春かすみいかにつれなくたちかくすらん
磯丸君によみてまひらす關の里なる
 都路の千年をかけてゆきかひややとゝさためよまつのしたいほ 久子
かへし
宿とせんまつてふ君かことの葉のいろなかはりそ千年經ぬとも
關の里なる市川主の庭の古松をみて、よみてまゐらす
こし方も猶ゆく末もかけたかきやとのさかえを松にてもしれ
 

よくみれは枝ふりのよさかけたかき松は名におふ關の市かは


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