新編
 磯丸全集

十、芝山國豐公御點   文政二年のころ

 

澤春草
いつしかと氷もとけて澤水のぬるむみきわに青む若くさ
早春月
春を淺み霞もあへす久かたの雲まにさゆる夜半の月かけ
水邊梅
いろふかく香にこそにほへさく梅の花のかけそふ庭のいけ水
澤若菜
春はまた淺さわ水にかせさえてゆきまの若なつめとたまらす
初花
めつらしなまたき梢に消のこる雲かあらぬかやまさくら花
夜の程に庭のさくらやさきつらんけさめつらしくにほふ春風
雨中花
ふく風もよきよとおもふ我やとの花につれなくふれる春雨
閑居花
みる人もなき山里のかくれ家に花もうき世をのかれてやさく
のかれすむ吉野のおくも春は猶花にうき世の人そとひくる
たのもしなうき世のかれてさく花をみつゝ山邊にひとりすむ身は
海邊花

もしほやくけふりもにほふ塩かまの浦はの桜今やさくらん

社頭花
たまかきのうちとへたてす咲にほふ花にそむらん神のこゝろも
海邊霞
ひとしほに霞のころもたちそめて波もあやおる春のうみつら
かいたうの花といふことを句の頭におきて
すみたつこまの山のふかきくいすさそへ花の春風
苗代
せきいるゝ苗代水にますらをか秋のたのみもふかくこそあれ
人の庭の松を見て
常盤なる松のかけそふやとなれはちとせの後もかきりしられす
又庭の竹を
庵しめてうきふししらぬくれ竹のすくなるかけに君はすむらん
あるひ人酒をつくるとてことふきて歌よみてとありければ
汲水のすまん限はさかえまし神もなくさむみきつくるやと
中根新田の何かしの許にて
千世かけてきくともあかしひく琴のしらへにかよふ軒の松かせ
硯をぬすまれしと聞きて
ちゑふかき硯の海にしら波のよする心そあはれなりける
たをやめのおほくありければ
ひと枝はやとのあるしよゆるせかし庭にみちたる八重櫻花
かへし

 百枝も千枝もさらにをしからしはなにとひくる春のまれひと    まかりえ

松と梅とをかきたる扇に
いろかへぬ松に咲そふ梅の花ちとせをかけて香ににほふらん
松山氏の許にて
年波はよるともこさしふかみとりなほたのもしき末の松山
ふかみとり千年ふるとも色かへぬ松のかけそふやとそさかえん
御法の花といふ題を
手にとれす目にもさやかにみえわかぬみのりの花は心にやさく
寄月雪花述懐
月雪をみはてし後も言の葉のはなのはやしをかくれ家にせん
後の世もこゝにこのまゝあり明のつき雪花のかけにすまはや
惜花
あかすみる花しちらすはうつり行春の日数もをしまさらまし
さけは又ちるとをしみてやまさくら花ゆゑ春はしつ心なし
軒端の風鈴の歌よみてとありければ

春秋のかせはかはれと常盤なるのきの松むし鈴虫のこゑ

庭の花みて

とかむなよ庭の若木のいとさくら花に心をかけてよる身を
池邊籐
いけ水のそこにもふかきかけみえて紫匂ふきしのふち波
山中花夕といふことを
見はやさんかへる山路はくれぬとも又ひとしほの花のゆふはえ
八面山の歌よみてとありけれは
めつらしな四方の高ねの外にまた八つのおもての山のけしきは
人の軒端の忍ふ草をみて
契おくやとの軒端に世々ふともむかしを忍ふ我なわすれそ
山の花みてかへるとて

かり衣あすもきてみん櫻花ふきなちらしそ夜半の山かせ

人の庭の山ふきの花をみて
咲匂ふかをなつかしみやまふきのいはぬいろをもとひてこそよれ
やととひてけふこそみつれかくとたにいはぬ色なるやまふきの花
残花
春風もしらてやよそに過つらんこかけにのこる山さくら花

おもひきや春におくれて咲花をつまきこる身のひとりみんとは

おそ櫻又はつ花の心ちして春も木かけにたちやとまらん
若草
時をえてのかひのこまもいさむらん山へも春と青むわかくさ
曲水盃
汲入も齢やのひんみちとせになるてふもゝの花のさかつき
大濱の里なる海邊のきぬかさ松の本にて春雨ふり出しけれは
春雨はよしやふるともたのみこしきぬかさ松のかけにやとらん
霜山氏の許よりふる里へかへるとて
さらぬたに花のやとりのたちうきにとゝめかほなるうくひすのこゑ
たをやめのひく琴のねを毎日聞て
明くれにおとのみきゝて過るかなひくことよかたきよそのつまこと
ある老人祝して歌よみてとありけれは
花のさくためしもあれはとかへりのまつにならへよ老のゆく末
落花
をしまるゝ心もしらすさそはれてちるかあらしの山さくら花
名残ををしみて
 いとゝしくむせふ涙に袖ぬれてしほりもつきぬわかれとをしれ     亮子
かへし
さらぬたにかへる袂のひかたきに又かけそふる言の葉の露
寄松祝
とかへりの花さく春をいくたひか松に契りて君はみるらん
水邊柳
いつしかとこほりもとけて青柳の糸ま波よるさほの川かせ

述懐

海士をふね年波はかりかそへきていつこきよせん和歌のうらわに
おこたらすこかはやよらん海士をふね和歌のうらわのよし遠くとも
海士をふねいつこきよせんなかむれはまたはるかなる和歌のうら波
ふきよする和歌のうら風まつはかりろかいも波のあまのをふねは
あつまちや雲のたちゐをなかめつつ風のたよりをまたぬ日そなき
更衣
ぬきかふることこそうけれ昨日まて花になれにしはるのころも手

社頭梅

から衣きたのゝ神のたもとより千里にみちてにほふ梅かな


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