新編 磯丸全集

六十七、 磯の玉藻(一) 春

「本集は今まで集をなしていないもので、糟谷家を始め各地に紙片、色紙、短冊などに記されて散在せるものを募集し、新たに「磯の玉藻」と名づけ、春、夏、秋、冬、神祇釈教、呪禁、恋、雑、連歌、折句の拾部の分類をなして載録したものである。」注 ○印は無題

 

立春

あつさ弓春たつ日より世の中の人の心ものとかなりけり
ふるとしもあけねとつけて鳥かなくあつまよりこそ春はたちけん
あつま路や春はかすみの關の戸をあけてみやこにたちのほるらん
みちしあれはあとこそみえね古年のゆきふみわけて春はきにけり
年内立春
梓弓春とはいへと色わかぬのこる日數に名こもるらん
しら雪のふるとしなからのとかなる空にしられて春やたつらん
梓弓いかにいそきてあら玉のとしよりさきに春はたつらん
みちしあれは跡こそみえねしらゆきのふるとしなから春はきにけり
なかめてもあとこそみえねしらゆきのふる年なから春は立らん
元朝
岩戸あけて出る光りものとかなる神世のままの春やたつらん
久かたの天の戸あけてあらたまのひかりのとけき春は来にけり
元朝(八十五歳)
天の戸のあけぬとつぐるくだかけのこゑとともにや春はたつらん
けさははやあふ坂山もかすむなりせきの戸あけて春やたつらん
かとことにたててしめ引く松竹の千代萬代といはふもろ人
春祝
みやしろにひくしめはなも長き世の春をむかへて祝ふもろ人
みやしろにひくしめ縄も新玉の年をむかへて祝ふもろ人
神路山さか木葉分きて出る日の光りのとけき春は来にけり
みしめひきけふ奉る門松に千年のかけをこめていはゝん
うらやまし君はむかへてなかむらんさそな難波のはるのあけほの
難波つの君にそおくる新たまのとしをむかへて祝ふことの葉
春をむかへて
あゆちかた霞渡りて寄浪の花咲匂ふさくらたの春
初春
久かたの天の戸あけて出る日のひかりのとけき春は来にけり
たのもしな年こそへぬれ老か身も若葉にかへる春をむかへて
神のますよもきか島に萬代の春をむかへんことそうれしき
世にめくむこのめ計かわか目まで春のひかりやみちわたるらん
子の日祝
君か代は限りしられし子の日する野への小松はひきつくすとも
ひかれなはかくまてたかき年はへじ子の日よ所成野への松かえ
子の日の祝
かしこしな千世萬代ともろひとの祝ふ子の日の神はこの神
梓弓春の子の日のひめこまつたれか千年をかけてひくらん
すまことをひき給ふにあるし子の日のいはひよみてよとありけれは
すまことのねの日の小松ことしより君か千年のためしにそひく
浦餘寒
春をあさみ衣うら風さえかへり音せぬ波のあは雪そふる
餘寒を
吹もうしそらは雪けにさえかへり身にこそしむれこれもはる風
木殘雪
吉の山梢にのこるしらゆきもさなからにほふ花の面影
吉野山またき梢の花とみてたをれは袖にかゝるしらゆき
吉の山木木にのこれる自雪を千本櫻さくかとそみる
山殘雪
あかすみん俤とめて山さくら咲まてのこれ峯のしらゆき
岑殘雪
春のこし跡かとそ見る山かつも通はぬみねのゆきのむらきえ
師の君の十七年忌をいとなみ給ふ日に、淡雪のふりければ
夏くさのつゆときえにしおもかけをしのふたもとに淡ゆきそふる
海邊餘寒雪
春を浅みころもうら風さえかへりよる白なみのあわ雪そふる
餘寒雪
さほ姫の衣春風さへかへりかすみの袖に淡ゆきそふる
閏正月三日、庭梢に雪のふりかゝれるを見て
春をあさみした風さえて梢なる花かとみれはきゆるあわゆき
春歌とて
いとはやも賎はた山におりはへて霞のころも春はきにけり

久かたの空もかすみて出る日のひかりのとけき春は来にけり

あふ坂の關ふきかよふ松風の音羽の山もかすむのとけさ
かくふかくけさはかすみて松風の音羽の山も名のみなりけり
日にそへてふかくなりゆくやえかすみ龍田の山の花やさくらん
霞のかゝれるを見て
富士の峯は霞の衣白妙のゆきにかさねてのとかなるらん
あま雲も及ぬ雪の富士のねをいかて露のたちかくすらん
高ねなる雪も霞もしらぬ山もときしる春は来にけり
春のいろふかくこそなれわたつみのかすみのころもすそはたつ浪

海邊霞

浪路まて春や立らんいろふかくかすむころものうらそのとけき
浪路まて霞の衣たちそめてのとかにかよふ袖のうら風

山霞

遠ちこちの山もかすみてこもりくのはつせの櫻いまや咲らん

彌事山にまうでゝ

名にしおふ麓の里のけふり哉やことの山にかゝる霞は

こまがたけを見わたして

久かたの雲井をかけるこまかたけかすみのひまをとめてこそ見れ

大崎の御館にて梅の花ををりて給はりけれは

たをりもてめくまるゝかなから衣うらめつらしき梅の初花
めくまるゝいろ香も深き梅かえにひとしほまさる言の葉の花

當座夜梅を

うは玉のよるさへかせのさそひ來て枕にかほる軒の梅かか

日よりの日ふるさとへ立ちかへるとて

旅ころもかさねてとはん咲そむる庭の梅かえうつろはぬ間に
木母寺にまふてて梅若の社を拜して
名にしおひて春は此間に咲匂ふ花にとはれん梅若のもり
雨中の梅
きてみれは梅の花笠もる雨にぬるるたもともかにそにほへる
雨中梅
ぬれてこし袖にもとまれ春さめのふる屋の軒ににほふ梅の香
梅風にかほるといふことを(一)
野も山もさきにほふらんそことなくふきくる風も梅か香そする
梅風にかほるといふことを(二)
ふきかよひさかはつけてよ里の名のたかき梢の花のした風
梅風にかほるといふことを(三)
かりころも春はきてみん里の名の高き梢の花のさかりを
春川大人のもとより
 わか宿の庭の梅かへ吹きそめぬはやとひ來ませ花ちらぬまに
といひおこし給ひけれは
來て見れは吹かぬと告しことのはの花にもまさる庭の梅かえ
武士の馬にのり絡ふ所に梅の花をみて
ふみわくる駒もいさまん咲きちりてひつめにかかる花の白雪
ある御館にて庭の梅のよく咲たるとて花の數々みのなる歌よめとのたまふに
咲みつる御館の梅よねかわくははなの數々みもむすはなん
梅先春開
庭の面にとく咲そめてのとかなるはるまちかほににほふ梅かえ
庭の梅の花はつかにさきけるを手折て歌そへて給りければ
手折もて見せすはしらて過なましおくふかくさく宿のうめかえ
遠江の國なる濱松の里、中村氏の御許よりふる里へ、かへるとて梅の花をみて
さきにほふ花のいろ香のをしまれてたちわかれうき宿の木の下
かへし
 おもひあれは何かをしまん梅の花いさやたほりて君におくらん  りい子
家つとにかさして行かんいろも香もふかきなさけの花の梅かえ
或人へかへし
をしけにも思はず折りてみするかな惠そ深き梅のはつ花
萩原氏の別荘の梅の盛を見て
さき匂ふ園のあたりはよけてふけ花のさかりの衣うら風
梅櫻
玉たれのひまもる風もかほるかな軒端の梅のさきしこのころ
いろも香も深さ惠の梅の花なほ常盤に差てなかめん

衣か浦にて

いろふかき衣か浦による浪の花にかよへる鶯のこゑ


   途中      

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