もう一度幌別鉱山のこと

 私が通った学校は校舎が小・中一体となっていた。小学校は完全な複式学級
で、一つの教室に3学年が入って授業を行なうのである。授業は各学年とも15
分きざみで行われ、その間授業のない生徒は自習ということになる。つまり授
業を受ける時間よりも自習の時間の方が長いのである。各学年とも生徒数が少
ない僻地校がゆえのことで、ちなみに私の学年の生徒は8人、1級下は4人、
1級上は2人という具合であった。

 中学校はそうはいかず、学年単位で授業が行われたが、社会、理科は3学年
まとめての授業であった。従って、私の場合、1年生の時に3年生の教科書を
使い、2年の時は2年生の、そして3年生の時は1年生の教科書を使ったので
ある。もちろん、体育、音楽はまとめての授業であった。学年単位で授業する
には、教室が足りず、図書室や音楽室が使われた。
今にして思うと僻地校なため一番残念だったのは、給食がなかったことである。
ゆえに私はいまだに学校給食とはどんな味がするのか、あこがれを持っている。

 自然の真っただなかにいたので、遊びはいっぱいあった。カジカ釣りもその
一つだったし、山ブドウやコクワ(サルナシ)もよく採りに行った。

コクワ(サルナシ)
マタタビ科
果実はキウイフルーツの形状そっくりである。 食べ過ぎるとケツの穴が猛烈に痒くなる。

 雪の降り始め頃は野ウサギ捕りになる。エゾウサギで冬になると白い毛に変
わり、耳の先だけが黒い。雪が降ると足跡で通り道が分かり、針金でワッカを
作った罠を仕掛け、捕獲するのである。野ウサギは害獣にされており、捕獲し
た証拠に耳を営林署に持っていくと、50円の報奨金がもらえた。さらに、クリ
スマス時、学校でクリスマスパーテーと称して、ウサギ肉のすき焼きを作り、
先生ともども大いに食した。

 私も捕獲したウサギを祖父とともにさばき、肉なべにして食べた。ところが
私のお袋はこういうのが大の苦手で、全く触ろうとしない。親父は食う方はい
いのだが、解体するとか調理するとかいうのは全然だめで、仕方なく私が調理
した。ただし、こういう経験は後々まで生きる。

 これも、12月までのことで、雪が積もるようになると罠も埋まってしまい、
ウサギ捕りも終了となった。
 そして、今は小学校も中学校もなくなってしまった。大学も移転し、名前が
変わったので無くなったも同然で、私には母校と呼べるのは高校しかない。  

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