スポーツまいんど その28
◎「スポーツ」と「遊び」 ②「体育≠スポーツ」
スポーツまいんど その28
◎「スポーツ」と「遊び」 ②「体育≠スポーツ」
前回の「スポーツと遊び」①で、「スポーツを遊ぶ」と言うことは何となく馴染まないと述べた。ところで「日本体育協会」は今年の春から「日本スポーツ協会」に名称変更となった。「国民体育大会」も第78回大会(2023年)から「国民スポーツ大会」に変わっていくらしい。これは良いことである。しかし何故、最初から「スポーツ」という言葉が使われなかったのか。
「スポーツ(種目)」が日本に入ってきたのが明治の初めだが、それらは「スポーツ」ではなく「遊戯」「運動」と呼ばれた。何故なら当時は「スポーツ」という言葉がなかったのだ。日本において「スポーツ」という言葉は、大正に入ってか使われ始めたと言われる。「スポーツ」「スポート」「スポオツ」と表記された。1923年(大正12年)に朝日新聞社が創刊した「アサヒ・スポーツ」という雑誌によって一般の国民に「スポーツ」という言葉が広まっていった。明治の初めに「スポーツ(種目)」が輸入されてから、「スポーツ」という言葉が広まり始めるのに約50年かかったことになる。(これに関しては「スポーツまいんど12」をご覧下さい)。
「体育」という言葉は欧米の「physical education(身体教育)」の訳語の省略語である。明治の初めの頃から「身教」「体教」「育体」などという言葉が使われていたが「体育」という言葉が主流となっていく。しかしながら「体育」という用語が「運動」や「競技」と混同されていく。今でも用いられている大学のスポーツクラブの集まりが「体育会」と呼ばれるのは、1892年(明治25年)の慶応大学の「体育会」が始まりである。因みに1886年(明治19年)に東京大学が「運動会」と呼んでいる、現在も東大は「運動会」。
「日本体育協会」の始まりは、1911年(明治44年)に設立された「大日本体育協会」、嘉納治五郎が初代会長であった。その協会の創立趣意書には、「国民体育」の施設がほとんどないので「体育の普及発達を図るべき一大機関を組織」し「全国の青年をして皆悉く(ことごとく)体育の実行に着手せしむる」ことと「国際オリンピック大会の参加」を念頭においた体制を整備すると書かれている。このように「スポーツ」という言葉が無い(一般的でない)時代には「体育」=「運動」「競技」と考えられ、「スポーツ」は「体育」という言葉で語られていたと思われる。
このように「日本体育協会」という組織は本来、「スポーツ」の普及発達を図る組織であり、日本語では「体育」だが、英語表記では「Japan Sports Association」、「 国民体育大会」は「National Sports Festival」となっていたのであり、やっとちゃんとした名称になったのである。「体育」は「スポーツ」を教材として用いるが「体育」=「スポーツ」ではないのである。因みに学校の教科「体育(保健体育)」も、1873年(明治6年)「体術」という名前で始まり、翌年から約70年間続いた「体操」、戦争中には「体錬」と言われ、教科名として「体育」という言葉がちゃんとして使われるのは太平洋戦争が終わってからだったのである。