スポーツまいんど その41

◎遠足と運動会②

 

 日本で最初に行われた運動会は1874年(明治7年)に「海軍兵学寮」で行われた「競闘遊戯(きそひあそび)」であるとされる。イギリスのダグラスという教官団団長が提言したという。この「競闘遊戯」の英文のプログラムでは「Athletic Sports」と表記され、「Flat Race for Students under 15 years Dist. 300 Yards (15歳以下の学生の平地競争300ヤード)」から始まる。 1位には「Railway Rug(鉄道旅行用ひざ掛け), Bag, & Book」が賞品として書かれている(2-3位も賞品あり)。その後「600 Yards」「12歳以下150 Yards」「Long Jump(幅跳び)」「High Jump(高飛び)」と続き、「Throwing the Shot(玉投げ)」「Three Legged Race(二人三脚)」、 そして「Pole Jump(棒高跳び)」「Walking Match(競歩)」・・・全18競闘標目が書かれている。最後は「To Finish with the Pig being caught if not caught before」、つまり「豚追い競争」。その他、「目隠し競争」「卵拾い競争」などもあった。

 その後、1878年(明治11年)に札幌農学校で「力芸会」、1883年(明治16年)に東京帝国大学で「陸上運動会」が行われた。これが「運動会」という言葉が使われた最初である。そして1886年(明治19年)に「帝国大学運動会」が設立される。東京帝国大学では学生スポーツ団体の連合組織も「運動会」と呼ばれる。1892年(明治35年)慶応大学はスポーツ団体を「体育会」と名づけた。今はほとんどの大学スポーツの組織は「体育会」と呼ばれるが、東大では今でも「運動会」である(この東大-運動会のことは、スポーツまいんど28で話をした)。

 昔の運動会では「騎馬戦」や「棒倒し」という激しい種目が行われていたが、その危険性から種目から外されることが多くなってきたらしい。でもこの「騎馬戦」や「棒倒し」、いつ頃、どのようにして始まったのだろうか。調べてみると、明治時代、まだ国会がなかった頃の政治運動が始まりらしい。それは国会の開設や憲法の制定を主張した自由民権運動がルーツであったという。その当時、自由民権運動は弾圧され、街中の演説やデモ行進、集会を開くことが禁止されていた。そこで自由民権運動の壮士たちは「運動会」に目を付けたという。つまり運動会なら演説でも、デモでもないから弾圧されないだろうと考えたらしい。そして「壮士運動会」というイベント(学校運動会ではない)を開催し、その種目として「政権争奪騎馬戦」や「圧政棒倒し」が作り出されたらしい。またその合間にデモを行い、「国会つくれ!」「憲法つくれ!」などと叫んだらしい。そのデモンストレーションが「仮装行列」に変わっていったという。

 また「組立体操」も運動会で行われていた。初歩的な組立体操は、紀元前2000年の古代エジプトの壁画にも描かれているらしい。近年では19世紀にドイツで盛んとなり、明治時代初期に日本に入ってきたらしい。その後の展開は解らなかったが、ある研究では、戦前の旧制中学校の運動会では「タンブリング」という種目名で行われ、「ピラミッドビルディング」という言葉が使われたとしている。現在でも組立体操の「ピラミッド」「タワー」の事故が多いらしい。事故(2016年)は年間8000件を超え、過去46年間に事故で9名が死亡、障害が残った子ども92人。スポーツ庁は「安全性を確実に確認できない場合は実施を見合わせるよう求める」という通知を、全国の都道府県教委などに出したという。

 まあ、小学校時代を振り返るととても懐かしい学校行事「運動会」、その「入場行進」もかつては開催地までの行軍ラッパを響かせながらの軍的な「行進」だった。「騎馬戦」や「棒倒し」の元は「自由民権運動」、事故の多い「組立体操」、145年前の「競闘遊戯(きそひあそび)」が懐かしい?