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彼女の千年王国          2章:きみを、知りたい。


「さぁっ、朝よ!起きて、起きて!」
この星に着いた翌朝、元気にぼく達を起こしにきたのはカトレアだった。
「私もアシュラに会わせてくれるでしょう!?」
そう言えば昨日、夕食のときに、アシュラのことを話したら、カトレアはとても興味を示していた。
「誰もお前連れてくなんて言ってねーだろ。」
「キサラには頼まないわよ。ねー、シトレ、紅、連れてって。いいでしょ?」
「ああ・・・。」
低血圧の紅はボーっとしている。
「いいよ・・・。」
寝不足のぼくもボーっとしていた。
「ありがとう!じゃあ、早く降りてきてね。フリージアが朝食の用意して待ってるわ。」
カトレアは嬉しそうに笑ってそう言うと、下へ降りていった。
「笑えばな、かわいいんだけどな、ムカツクよな。」
キサラがあくびをしながら言った。

顔を洗って食卓につくと、フリージアが朝食を出してくれた。
彼女はぼくにこっそり、
「昨夜はごめんなさいね。」
と言ったので、なんだか、何もしてないんだけど、くすぐったいような気持ちになって、ぼくは笑った。

「じゃあ、今日はアシュラをここへ連れてきて、私のコンピューターとつなげましょう。私はうちの準備をするから。・・・あ、でも、男手がひとつあると助かるわ。」
朝食をとりながらフリージアが言った。
「あー、じゃあ、オレ残るわ。ウルサイのと一緒にいると疲れそう。」
「なによ!それってどう考えても私よねっ。失礼しちゃう〜〜〜。」
朝から言い争いできるなんて、元気だな、カトレアとキサラは。

そして朝食を終えて、ぼく達はそれぞれの作業に入った。
「フリージアがナビにちゃんとアシュラの位置を覚えさせてたんで助かるわ。砂漠で探し物して迷うのは最悪だもの。」
昨日の車を今日はカトレアが運転している。
家を出発して、街なかを走ると、改めてこの都市の美しさに目を見張る。
「ほんとにここは綺麗だね。街並みも、空気も、人々も洗練されてる。」
「管理が行き届いてるからよ。犯罪なんて滅多に起きないのよ。ほら、あそこに大きな高い建物が見えるでしょう?」
カトレアは昨日ぼくが見た天に届きそうな大きな塔を指差した。
「あれはマザータワー。管理局そのものよ。あのなかにいくつもの課があって、この星の全てを統率してるの。この星の人間の生まれたところでもあるわ。だから"マザータワー"って言うのよ。」
「そこでは人間が働いてるのか?」
紅が聞いた。
「もちろん。試験が難しいから、そうそう採用はされないわ。ほとんど住み込みみたいな仕事だし。でも、この星と人々の生活を守って行く重大な役所仕事だから、遣り甲斐と責任感はあるでしょうね。」
「ふーん、この星の公務員ってわけか。給料高そうだな。」
「ぼくたちは大丈夫なのかな、ここにいて。」
「いまのとこ監査課からお咎めはないけど・・・。滞在の申請くらい出した方が安全に暮らしていけるかも。」
「申請ねぇ・・・。あ、キサラだけ危険人物で強制排除されたりしてな。」
紅がハハハと笑うと、
「あら、キサラって面白いわ。昨日フリージアが私達は相手の気持ちがなんとなく分かるって言ってたでしょ。あなたたちは、やっぱり異星の人だからかしら、わかんないのよね。だから予想もしなかった答えがぽんぽん返ってくるんだもの。すごく楽しいわ。ケンカするって、こんなに楽しいのね。」
「ふーん、そんなもんなの。」
「そんなもんなのよ。」
カトレアはほんとに楽しそうに笑った。
なんだ、キサラ、けっこー気に入られてんじゃん。

そうこうしているうちに車は、都市を抜け、風力発電の風車の林を抜け、砂漠へ入った。
やがて陽炎の中にゆらりとアシュラの影が見えて、ぼくたちは無事アシュラへ辿りつくことができた。
紅がロックを外し中に入ると、
「どこ行ってたんでっか〜〜〜。昨夜はなんの連絡もなしに外泊でっか!?いままでわてとこんなに離れてたことなかったのに・・・わては、わては・・・シクシクシク」
といきなり泣かれた。
「ああ、悪かった、悪かった。泣くな、アシュラ。機械のくせに。錆びるぞ。ほら、ご機嫌取りにお客さんを連れてきたぞ」
紅が言うと、アシュラはぼくの後ろのカトレアをセンサーで見つけて、
「かっ・・・かわいいでんなーーーっ!!おや、でも、昨日のお人と違いますな。」
と、船体ごと喜びに震わせて言った。
カトレアはアシュラの喋りにちょっと引いていたけど、
「昨日の、ってフリージアのこと?」
と聞くと、アシュラのセンサーの前に進み出て自己紹介をした。
「始めまして、アシュラ。私はカトレア。昨日のフリージアの妹よ。あなたとってもハンサムね。」
「うまいでんな〜〜〜〜。でへへ〜〜〜〜。」
やっぱ整備士が整備師だな。ハハハ。
「で、アシュラ、お前のメイン部外して、昨日のフリージアの家のコンピュータとつなげたいんだ。デコーダとかに、ここに引き込まれたときの記憶、残ってるだろ?」
「はぁはぁ、それで出口を探すと・・・。」
「そのとおり。」
「分かりやした。メイン部、外しにかかります。」
紅って、アシュラと話してる時、楽しそうなんだよな。機械と喋ってる方が気楽なんだ。きっと。
ヤツには、チームメイトのぼくらにさえ、気を許してないとこがある。
それは時々寂しい。
人間嫌いなのは分かるけど、紅、それってお前も辛いだろう?
せめてぼくたちとは、屈託なく接して欲しかった。

そんなことを考えているうちに、アシュラの小さなロボットのようになっているセンサーの側から、黒いボックスが出てきた。
アシュラのメイン部は30センチ四方くらいのハコになっていて、接続ケーブルによりその中のデコーダからデータを取り出すことができる。
旅が終わるとこれは持ち帰ってきて収穫や走行距離や経費なんか出してお給料もらうんだけどさ。
中には他に、アシュラの性格を形成しているAIなんかが入ってて、これがないと宇宙船が動かないようになっていた。
紅がボックスを引き抜くと、船内が暗くなる。メイン部切っちゃうんだから当然だ。
表に出てから、メイン・アシュラをまじまじとカトレアが見つめて言った。
「へぇ、すごいわ。よくできてる。」
「まぁな、中古だけど、これはいいやつ買ったんだ。船体自体はボロだけど、メインの性能にはこだわったんだよ。でも、性能のわりに安いな、と思ったらお喋りだったんだな、これが。」
紅は困ったように言った。
カトレアは、宇宙船ごとフリージアの家に持って来るんだと思ってたらしくて、ちょっとびっくりしたらしい。いや、この星ではもっと技術は進んでるらしいので、メイン部が外れるくらい当たり前らしいんだけど、ぼく達にもそのくらいの技術があることに感心していたらしかった。

そしてまたドライブして、メイン・アシュラを持ち帰ると、フリージアが外で上を見上げて立っていた。
ぼくが側へ行ってどうしたのか聞くと、
「うん、探査に使ってるアンテナの調子が悪かったの。それで、キサラが見てくれるって言って、今、屋根の上なんだけど・・・。」
見てみると、確かに屋根の上に誰かいるようだ。
「機械いじりはあいつのオハコだから心配要らないけど、落ちないかな・・・。」
「あたしも、それが心配で・・・。」
フリージアはとても心配そうに見つめている。
「アシュラ置いてきたわよー。」
家の中からカトレアがタタタっと出てきたその時、彼女の目と鼻の先に何かが降って来た。
スパナだった。
「わりぃ、わりぃ。落としちった。フリージア、終わったぜ!」
屋根の上でキサラが手を振った。
「ちょっ・・・ちょっと!!キサラ!!当たってたら死ぬわよ!無神経過ぎるでしょ!!」
「謝ったじゃんかよ!うっせーな、当たんなかったんだからいいだろ!」
「そういう問題じゃないでしょうっ!?」
その時、地面に写っていたキサラの影が大きく揺れた。
「キサラ!!」
飛び出そうとしたぼくをフリージアが止めた。
「下は池よ!大丈夫!」
キサラは水飛沫をあげて池に落ちた。
「大丈夫・・・だと、思うわよ。深いから・・・。」
おいおい、と思って、駆け寄ろうとしたぼくを突き飛ばして、飛び出していったのはカトレアだった。
「う、うぇっ。水飲んだ。げほげほっ。」
とか言いながら無事水から上がって来たキサラを、カトレアはグーで殴った。
「いっっってぇなぁぁっ!なにすんだよっ!」
「なにすんだよじゃないでしょう!?死んじゃったらどうするの!?なんでもっと注意しないのよ!こんな星で死にたくないでしょう!?」
カトレアはキサラにすがって、うわーっと泣いた。
「濡れるぞ、カトレア。」
「あんたって、すっごいバカで腹立つけど、あんたがいなくなったら誰とケンカすりゃいいのよぉぅ・・・。」
「まー、ここにホネ埋めるのも、悪くない気がしてきたな。」
キサラが優しく、泣きつづけるカトレアの肩に手を回した。
このこと以来、こいつら2人、すっかり仲良くなっちゃったんだ。

アシュラとフリージアのコンピュータとの接続は、紅とフリージアが担当したんだけど、いろいろフォーマットしたり、ケーブル買いに行ったりで結構な時間がかかった。
どうにか1台のコンピュータにアシュラを繋いで立ち上げたとき、
「いやー、ご苦労なさったようでんなぁ。でも、思ったより座り心地がいいとこですな。」
と、いつものお調子者的なアシュラの声を聞けたときは、みんなでほーっと喜びのため息をついた。
「しかし、若干のフォーマットの違いはあっても、この互換性はなんですやろな。完全な異星やったら、こうはいかんと思うんやけど・・・。」
「そうだよね、アシュラ、ぼくもそう思うよ。ねぇ、ここって別の地球なんじゃないの?」
「うーん、まだ、なんとも言えへんけど、まぁ、調べて見ますわ。」
「アシュラ、ゆーっくりやっていいぞ。ゆーーっくり。」
紅はぼくとキサラを押さえこんだ。
「アシュラ、こいつらの言うことは気にしなくていい。」
「・・・はぁ、なんや、キサラはんは帰りたくなさそうですな。とりあえず、わてのデータと、フリージアはんのデータを使って、いろいろ計算してみますわ。」
「よろしくお願いね、アシュラ。後で、私の友達もデータを持ってきてくれるから。」
フリージアはそれから「お茶にしましょう」と言ったんだけど、紅はアシュラについてるって言うし、キサラはカトレアと出掛けるって言うし、結局お茶をいただいたのはぼくだけだった。

リビングに2人きりでお茶をしながら、フリージアが嬉しそうにアシュラの話しをしているのを見ていて、ぼくも、キサラと同じく、調査結果がすぐに出なくてもいいなぁ、と思っていた。
「・・・よね?聞いてる?シトレ。」
「え、ごめん、なに?」
「調査が順調に進むといいわねぇ、って。」
「ああ・・・。そうだね。そしたら、帰らないとね・・・。」
「キサラに気を遣ってるの?あなた達が帰ったら、カトレアも寂しがるわね。」
「うん。でも、もしかしたら、あいつ、残るかもね。」
「あなたも、帰っちゃうの?」
ドキッとした。見透かされた気がした。
確かに、ぼくは君がいるから帰りたくないんだけど・・・。
「あたしは、」
フリージアが何か言いかけたとき、
「フリージアーーっ!!頼まれてたディスク持ってきたよ!!」
と玄関のほうから、男の大声が響いてきた。
そして、ドスドスドスと上がりこんできたのはガタイのいい大男だった。
ちょっと華奢で女顔のぼくがすごく貧弱に思える。
「あら、ありがとう。」
フリージアは席を立って男からそっけなくディスクを受け取った。
「彼、私の研究仲間のリックス。リックス、こちらが電話で話したシトレよ。」
「よろしく。」
そう言ってリックスはぼくと握手をしたけど、それはそれは敵意のこもった握手だった。
ひ〜〜〜っ、骨が砕ける〜〜〜っ。
さらに彼はフリージアがディスクを紅に渡しに行ってる間に、
「フリージアに何かしたら、タダじゃおかないぞ。」
と忠告までした。
でも、彼の意中のフリージアは、戻ってくるなりお茶も入れず、
「ねぇ、リックス。ずいぶんタイミングよくチャイムも鳴らさずに入ってきたわね。しかも、彼の言葉で。まさか、こっそり玄関で私達の話しを聞いてて割り込むタイミングを計ってた・・なんてことはないわよねぇ?」
リックスはかなりギクっとした表情を見せた。
しかも、そこへカトレアが戻ってきて、
「あっ!リックス!また勝手に上がり込んだんじゃないの!?いーかげんにフリージアにつきまとうのやめなさいよ!」
なんて言われたもんだから、彼はすごすごと引き下がるしかなかった。

彼が帰ったあと、ぽかんとしていたぼくにフリージアが、
「キツイ女だと思った?でも、どんなに気持ちで伝えても分かってくれないの。だから言葉にしてお断りするしかないんだけど、言葉の方がどうしてもキツくなっちゃうわね。」
と笑いながらお茶を入れ替えてくれた。
よくよく考えたら、こんなに才色兼備なひとがモテないはずはない。
ぼくらはそこに居候始めちゃった異星人なんだから、敵意持たれて当然かもしれない。
ぼくらはまだしばらくここにいることになりそうだから、あまり目立つようなことはしないで、大人しく暮らしてたほうが良さそうだ。
でも、大人しくしてないヤツがいるんだよな〜。
それはアシュラ。
フリージアのデータと、リックスの研究データとを貰って、紅と熱心に調査するのはいいんだけどさ、
「いや〜〜、あきまへん。この星はナゾだらけですわ。まったくデータがたりまへん。こうなったらヒト様のデータをちょっと失敬させていただこうかと思ってますのや。」
なんて言っちゃって、勝手にネットに触手を伸ばしてデータを拾ってくるという、なかばハッカー的行為を犯していた。
おかげで調査は順調に進んでいたらしいんだけど、その間、キサラはカトレアと一緒にいたし、ぼくはフリージアと行動を共にしていたんで、そっちは紅にまかせっきりになっていた。

やがて、3週間ほどたって、紅のなかにある考えが浮かんでいた。
「・・・どう思う?アシュラ。」
「どうでっしゃろ・・・。それも考えられないワケでは・・・。」
「いいんだ。ちょっとお前に話してみたかっただけなんだ。いままでどおり進めてくれ。」
紅は深いため息をついた。
その"考え"を自分の中に閉じ込めて。
 

「今日、ちょっと見て欲しいものがあるんだ。」
朝食の席でそう切り出したのは紅だった。
ぼくらは行動は別々でも、食事は必ず一緒に取るようにしていたけど、紅が話しの先頭を切るのはとても珍しいことだったので、みんなびっくりして注目した。
「調査の経過を、一度見てほしいんだ。もう、3週間も経つだろ?まだ、はっきりしたことは何もわからないけど、アシュラも寂しがってるし。」
「うん。ごめんな。ぼくたち、何もしなくて。」
ぼくとキサラがすまなそうにしていると、紅は「構わないさ。」と笑った。
そして朝食のあと、研究室へ足を運ぶと、アシュラは子犬のようにとても喜んだ。
「いっやー、女の方が大事なのはわかりますけど、あんまりにも放っておかれると、お二人の顔、忘れまっせ!」
相変わらずの口ぶりに、ぼくはなんだかほっとした。
「見て欲しいのは、これなんだ。この星の空の構造だ。」
ディスプレイに映し出される、簡単なCG。
「この星は、地球のようにだんだん大気が薄くなってるわけじゃないみたいなんだ。完全な層になってるとまでは行かないが、それに近い。そして、これが問題になってる雲の層なんだけど、この周りに、さらに強力なエネルギーをもった層があって・・・。」
と紅が説明していた時、
「あかんーーー!!」
と、アシュラが叫んだかと思うと、突然ぼん!と火を吹いた。
「うわーっ!アシュラ!!」
キサラが慌てて消化剤をまいた。
火はすぐに消し止められたけど、溶けて、コゲたアシュラの前で、ぼくらはボーゼンと立ち尽くすしかなかった。
 

「誰かが妨害したんだ。」
紅がリビングのテーブルを叩いて、荒荒しく言った。
紅がこんなに感情を荒立てるのは珍しい。
キサラはカトレアに手伝ってもらいながらアシュラの分解にとりかかっていて、ぼくとフリージアと紅は、とりあえずリビングに下りてきていた。
キサラの話では、分解してみないと分からないけど、メモリさえ無事なら復活できるらしい。
「もし、アシュラが直っても、また同じことが起きるかも知れない。対策を考えないとな・・・。」
1人でブツブツ言ってる紅は、何かを知ってるように見えた。
ぼくは紅が何も話してくれないのが悔しくて、自分の部屋に入ってその日は1人でぼーっとしていた。これで、アシュラが直らなかったら、ぼく達は帰れないのだろうか。
もし、そうだったら・・・。
ぼくはアシュラが傷を受けたことにショックを受けながら、でも、心のどこかで「これで、もうしばらくここに居られる。」と思っているような気がして、ひどく嫌悪した。
昼食のときも、夕食のときもフリージアがぼくを心配して気遣ってくれたけど、なんだか、その優しさが辛かった。
優しくされればされるほど、ここにいたいと願ってしまう。
でも、それはあくまでぼくの一方的な気持ちだ。
宇宙に憧れる彼女にとってはアシュラは直った方がいいし、もちろん、ぼくだって直って欲しいと思ってる。
でも、今、ぼくはフリージアと離れたくないんだ。
フリージアは、どう思っているんだろう・・・。
一方、アシュラの解体は夕食の後も続いていた。
キサラもカトレアもススだらけになってた。
「うあ〜〜〜、ここも真っ黒だ。でも、どーにかメモリは無事みたいだ。」
丁寧に部品をひとつひとつ外していくので時間がかかる。
カトレアはそうやって外した部品を受け取ったり、ススを落としたりしていた。
「アシュラが直って、出口が見つかったら、キサラ、帰っちゃうのね・・・。」
作業をしながら、カトレアがポツリと言った。
「カトレア・・・。」
「ううん。いいの、当たり前よね。ここは地球じゃないし、家族もいないし・・・。いいの。」
カトレアに外した部品を「はい」と渡すと、キサラはドライバーをくるくると回しながら、なんでもないように言った。
「残ってやろうか。」
「なっ・・・・なに言ってんのよーーーっ!ここは地球じゃないのよ!!」
顔を真っ赤にしているカトレアの頭をぽんぽんと叩きながら、
「イヤなのかよ。・・・まぁ、家族なんてもんはまた作ればいいしな。」
と笑った。
「ほんとに・・・?」
「本当。オレは口は悪いが嘘はつかない。」
「じゃあ・・・。」
カトレアはキサラの手を握り締めて、覗き込むように見つめると言った。
「子供の作り方教えてくれる?」
それを聞いてキサラは思いっきりイスから落ちた。
「おっ、お前!女がなんてこと言うんだ!」
「だって知らないんだもん。」
「産まないんじゃないのかよ。」
「産めないって話しは聞いたことないわよ。」
キサラはイスに腰掛けなおすと、
「はいはい。今度ね。」
と言った。
もちろんこの後、キサラは「今度っていつ?」「そのうちっていつ?」と聞かれまくったらしい。
ぼくは上でそんな楽しい会話が繰り広げられているのも知らず、部屋でじっとしていた。
紅はまだリビングにいるようだ。

ちょっと喉が乾いた気がして、下へ降りて行くと、2階でフリージアに呼び止められた。
「ワインでよかったら、あるけど。」
お言葉に甘えて部屋に入ると、彼女がグラスを差し出してくれた。
注いでくれたワインを飲むと、今日一日ボーっとしていた頭が、アルコールでさらにクラクラしてくる。
そしてしばらく、他愛のない話をしていたんだけど、ふと、会話が途切れた。
彼女はぼくをじっと見つめると、
「もし、・・・もしよ、アシュラを壊したのが、あたしだったらどうする・・・?」
と言った。
「フリージア、君・・・。」
「もし、あたしが、あなたを帰したくなくてしたことだったら、どうする・・・?」
しばしの沈黙があった。
「許さないよ。」
ぼくはきっぱりと言った。
「アシュラは、あんなお調子者だけど、大事なぼくらのチームメイトだ。言ってみれば家族だ。その家族を傷つけるのは、許さない。」
フリージアは視線を反らすと、「冗談よ。」と言って窓辺に立ち、ぼくが隣に行くと、ほんとに小さく、呟いた。
「帰りたいのねぇ。」
その表情が、なんとも言えないほど切なかったのでぼくはたまらなくなって、フリージアを抱き締めた。
「・・・帰らないで。帰らないで、お願い。」
その震えるような声でのお願いに、ぼくは返事ができなかったけど、ぼくは彼女にキスをした。
自分で言うのもなんだが、映画のように美しいキスシーンだったと思う。
この夜は、ぼくの忘れられない出来事のひとつになった。
 

次の朝に、紅がぼくたちを見回して、
「おまえら、なんかヘンだぞ。」
と言った。
「そんなことないわよー。」
と満面の笑みを浮かべてカトレアが答えると、
「カトレア、あんたほんとにヘンだわ。」
とフリージアが言った。
「そう言うフリージアもおかしいんだけど。」
と紅が目玉焼きの皿を持ち上げて言った。
「砂糖かかってるんですけど。」
フリージアはカーっと赤くなると、お皿を紅の手から取って、
「ごめんなさいっ。すぐ作り直すから。」
と台所へ駆けて行った。
ぼくとキサラはお互いを肘でつっつきあって、「オイ、昨夜、なんかあったのかよ。」「キサラこそどーなんだよ。」「別に、大したことじゃあねーよ。」「なんだよそれ。ツッこんで聞いてくださいと言ってるよーなもんじゃん。」とからかい合っていた。

その日はとても天気のいい、日向ぼっこをするには最適の陽気で、ぼくはアシュラの解体を手伝ったあと、お昼過ぎから散歩に出掛けた。
水辺に腰を下ろして、人々や街並みを見ながら、ぼくは昨夜のフリージアの言葉を思い出していた。
ぼくが帰らないでここにずっと留まるって、どういうことかな。
地球からぼくの存在がなくなるってことだ。
それで悲しむ人がいるかな。
ぼくの家族や友達に2度と会えないかもしれない。
でも、もし、アシュラが直らなかったり、直っても"出口"が見つからなかったら同じことだ。
フリージアはぼくに残って欲しいと望んでくれた。
ぼくもフリージアと一緒にいたいと思ってる。
それなら、何も深く考えなくてもいいんじゃないかな・・・。

そんな事を考えていたとき、ポンと背中を叩かれた。
ぼくがビックリして振り返ると、そこにはこの間会った大男のリックスがいた。
彼は「やあ。」と言うとぼくのとなりに腰掛けた。
初対面の時とはうってかわって、ニコニコとしている。
でも、「フリージアのことなんだけど。」と切り出された瞬間、ぼくは「来たな。」と思って身構えた。
「いや、勘違いしないでくれ。俺はフリージアのことはもうあきらめてるんだ。」
「えっ。」
「彼女はあの通り、外へ対する憧れが強くて、ここではそういう考えはちょっと珍しいんだ。この星に不満がないからね。」
「そうだね、ここに不満があるとは思えないけど、彼女は外にもっと素晴らしいものがあると思ってるのかな。」
「どうかな。そのへんのとこは良く分からないけど、周りからは"変わり者"扱いされてるんだ。俺はずっと心配してきたんだが、そこへ君達がやってきただろう?」
「それはますます心配だね。」
「そう思うだろう?だから、この間はつい、良くない態度をとってしまって悪かった。でも、どうやら無害なようだから。」
「害を及ぼせるほど、ぼくら頭よくないよ。」
「そうか・・・個体として大差があるとは思えないんだが・・・。まぁ、そんな君を見込んで頼みがある。・・・そんなイヤそうな顔をするなよ。」
顔に出ていたらしい。「大人しく出て行け」とか言われそうな気がしていた。
「大人しく、」
うわ、来た。と思った。
「暮らして欲しいと、フリージアを説得して欲しいんだ。」
肩から力がガクっと抜けた。
「どう言うこと?」
「彼女の思想は変わってる。それだけに危険なんだ。管理局は彼女を危険人物としてマークしてる。これ以上独自の研究を続けると、暗殺されかねない。管理局は彼女の研究に協力している風を装って、監視しているんだ。」
「危険人物?どうして?宇宙の研究が?」
「ああ。そういう研究は管理局にまかせておけばいいことだから。」
ぼくは大昔、「地球は太陽の周りを回っている」と説いた学者の話しを思い出した。
突飛なことは世間にはなかなか受け入れられないものだ。
特にこの星では、管理局の存在が絶対だ。
それ自体が神と言っても良さそうなほど、人々は管理局の判断を信用し、全てを委ねて生きている。
「彼女には友達も少なくて、まして異性となると、なかなか心を開かない。それが、君達のことは側に置いて、特に君には特別な感情を抱いているようだ。・・・悔しいけどね。だから、君の言う事なら聞き入れてくれると思うんだ。フリージアに、言ってみてくれないだろうか。」
「うん。わかった、言ってみる。・・・そうだ、ちょっと聞きたいんだけど、ぼくら、ここにいても平気なのかなぁ。」
「どうだろう。管理局で住民登録ができれば問題ないと思うが、確かに今のままじゃ不法滞在かもな。一度管理局に相談してみるといいよ。」
「そうか、ありがとう。」

その後、リックスはぼくにお茶を奢ってくれた。
店を出る頃にはもう陽が傾いていて、リックスと別れて一人で歩いていると、後ろから買い物袋を下げたフリージアが小走りにやってきた。
「長いお散歩だったわね。」
それから手を繋いでゆっくり家まで帰る間、フリージアは何か楽しそうに喋っていて、ぼくはそんな彼女を見ながら、この幸せがなんだかぼんやりした現実味のない夢の中のような感覚がして、少し不安になった。
この現実味のないものを、確固たる現実にするために、ぼくは覚悟を決めよう。
ぼくは思わず、握っていた手に力が入ってしまって、フリージアがびっくりしてぼくを見上げた。
「どうしたの?」
「うん。夜に話す。」

家に帰ると、キサラがリビングで休憩していた。
「おかえり。シトレ、ちょっといいか?」
促されるままぼくらの部屋へ行くと、キサラはベッドに腰掛けて、
「オレ、この星に残ろうと思うんだ。すまん。ほんとーに、すまん。でもオレ、ちゃんとアシュラは直す。それは約束する。ただ、帰るのは、お前達だけで行ってくれ。」
と言った。
「キサラ・・・。」
キサラはいつになく重々しい様子で、でも、はっきりした口調で意志を伝えた。
「いや、あの、キサラ。ぼくも、同じ事言おうと思ってたんだけど・・・。」
ぼくがおどおどと言うと、キサラは吹き出した。
「なんだよ!お前もかよ!まったくよー、女が絡むとこうだからよーっ。」
「キサラだって人のこと言えないんだから、いいじゃんか!」
ぼくは、星に残る同士ができて、とても嬉しかった。
でもこれで地球へ帰るのを目指すのは紅だけになってしまった。
そう。紅だけに。
 

その夜、ぼくはフリージアの部屋をたずねた。
ノックして部屋へ入ると、彼女はソファにもたれて雑誌を読んでいるところだった。
ぼくはドアを閉めるといきなり、
「ぼく、ここへ残るよ!」
と言った。
彼女は固まってしまった。
「もう一度、言って。」
「ぼく、ここに残って、フリージアとずっといるよ。」
今度は側で、手を握って目を見て言った。
彼女は顔を伏せて泣き出してしまった。
あんまりにもずーっとずーーっと泣くので、心配になって、
「大丈夫?」
と聞くと、
「分からないけど、出てくるのよ。止まらないの。こんなことって、あるのね。」
と半分笑いながら言った。
そしてこの夜、ぼくは始めてフリージアを抱いた。
すごく、愛しいと思った。
大切にしようと思った。
やがて眠りに落ちるころ、フリージアはぼくの腕の中で、
「あたしがずっと、空ばかり見ていたのは、きっとあなたを待っていたんだと思う。」
と言った。
ぼくはこの時、とても幸せな満ちたりた気持ちでいっぱいだった。
この夜も、ぼくの忘れられない出来事のひとつになった。



彼女の千年王国          3章:きみと、生きたい。

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