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彼女の千年王国          4章:きみに、さよなら。


それからのことは、ぼんやりとしていて、ぼくだけ時間の流れが遅くなってしまったような感じだった。
フリージアの葬儀はひっそりと執り行われ、状況について行けてないぼくを、訪れた人達が気の毒そうな顔をして見ていた。
アーシアは、カトレアがいたおかげで泣きじゃくったり、むずがったりしないで居た。
母親が死んだことなんて分かってないだろう。
でも、この子が大人になった時、なんて言ってやればいいんだろう。
ぼくは、フリージアを失った途端、父親としての自信までも無くしていた。

キサラが、研究所に閉じこもっていた紅を引きずり出してきたのは、葬儀も終わって少し落ち着いてきた頃だった。
「お前はオレ達に言わなきゃいけないことがあるんじゃないのか?」
紅は、ほんとに"引きずり出された"と言う感じで、だらんとしていて力がなく、目も虚ろで、これがほんとにあの紅かと思うほど、半ば廃人と化していた。
「彼女が・・・。」
蚊の鳴くような声で紅が言った。
「謝りたいって、言ってるんだ・・・。」
「彼女って、誰だよ。」
「アシュラを、介して、話が、できる・・・。」
「アシュラを介してって・・・。直ってるのかよ!?」
「もう、1年近く前に・・・。」
キサラは紅に殴りかかろうとした。それをカトレアが止めた。
「そんなことしたって、どうにもならないでしょう!?それより、フリージアのことは、なにか知ってるの!?」
紅はキサラにむなぐらを掴まれたまま言った。
「彼女に、聞いてくれ・・・。」
これ以上紅と話してもらちが開かなそうだ。ぼく達は4階へ上がった。
アシュラは確かに、立ち上げることができた。
ぼく達のパスワードを受けつけ、見なれたトップ画面を映し出す。
でも、以前のあのお調子者ではなかった。
「私は、この星の制御の為に作られたサーバの試作版です。地球で作られ、その後必要のなくなった私は、解体業者に持ちこまれましたが、そこで解体されず、違法に転売されてしまったのです。そして、それをあなた方が購入したのです。解体するはずだったためにメモリーはプロテクトをかけるだけで消去をしていませんでした。ここへ呼ばれて、ホストであるマザーと接触し、プロテクトが解除されるまで、私はあなた達のアシュラだったのです。」
ぼくとキサラは顔を見合わせた。
「サーバ?ホスト?マザー?」
「ここへ呼ばれた?」
「マザーはあなた方に会いたいと思っています。来ていただけないでしょうか。そこで全てをお話しましょう。紅、この方々をマザーのところまで案内できますね?」
「来てって・・・どこへ?」
キサラの問いに紅が答えた。
「管理局本部。マザータワーだ。」
 

案内される間、ぼくらはぜんぜん口をきかなかった。
カトレアはアーシアを見ていないといけないから、と家に残った。
紅は、正気を取り戻してきたのか、ぼくとキサラの先をしっかりと歩いていた。
「絶対に俺が通る道を外れるなよ。他は警備システムを切ってないから、確実に死ぬぞ。」
マザータワーに入る前に、紅はそう注意した。
タワー内に人影はなく、いろいろなボードやら基盤やらケーブルが剥き出しになっている。人間のことを考えて作られた環境ではなさそうだ。
狭いエレベータに乗って上っていくと、体にかなりの圧力がかかった。
相当上まで行っているらしい。
そしてエレベーターが止まったところで、紅が言った。
「最上階、マザールームだ。」
エレベーターを降りると、また大きなドアがあって、その電子ロック向かって紅が、
「ミュー、連れてきたよ。」
と言うと、それは重々しくゆっくりと開いた。
「この星の管理者・・・いや、神。マザー・ミュー(μ)だ。」
薄暗く、広い室内の奥の方に、ぼうっと女の人のようなものが見えた。
 

奥に、太いケーブルがたくさん接続された、円すい形の大きな機械が見え、女の人はその前にいるようだった。
ぼくはその女の人に向かって進んだ。
ぼく達がどうしてここに来たのか、この星はどこなのか、この人はきっとみんな知ってる。
それを明らかにさせなければいけないと思った。
そして、もし、フリージアが命を落としたことに、この人が関係しているなら、決して納得は出来ないだろうけど、きちんと釈明して欲しいと思った。
女の人は動かずに、ぼくが近づくのを待った。
そして、その目の前まで来て、分かった。
人ではない。
動かないのではない。動けないのだ。
確かに女性の姿をしているけど、上半身だけが円すい形の機械から生えたような形をしていて、その背中から腕は壁にはりついてる。顔は細面で美しく、体は透き通るように白い。まるで美しいレリーフのようだ。
額には赤いルビーのような石がついていて、灯かりを点している。
そして、長い長い髪が壁のあちこちにつながっている。よく見ると、髪の毛の全てはケーブルだった。
人ではない。でも、ロボットと言うより、顔のあるコンピュータと言えるのではないだろうか。
それがゆっくりと目を開けると、室内に、声が響いた。
「始めまして・・・シトレ、キサラ。私はミュー。この星のメインコンピュータです。」
「オレは、まだ、よくわかんねぇぞ。あんたが、なんなんだよ。どうしてオレ達が呼ばれたのか、説明しろ!」
キサラは苛立っていた。もしかしたら、未知の物に対する恐怖だったのかもしれない。
ぼくは口を開く気にはならなかった。
「順を追って説明します・・・。」
ミューは静かに話し始めた。
「事の発端は、地球にあります。今の地球の環境汚染については、あなた達はよくご存知ですね?」
「ああ。」
「人間の住む環境として、今の地球は悪くなるばかりです。いえ、悪くして行く一方です。そんな未来に希望のない地球を一部の科学者達は見放したのですね。自分たちの理想の居住空間を作ろうとしたのです。そのプロジェクトは、各国の政府の協力を得ることに成功し、極秘に進められました。各国の政府は、環境汚染と人口増加の問題を一挙に解決しようと目論んだわけです。」
「なんで、そんな問題が関わってくるんだよ。」
「地球を浄化するためには、まず、大幅な人口の削減が必要です。それも、無作為に選んだ者ではだめなのです。今後、地球に残るにあたって、より良い種子を残すための判別が必要です。しかし、地球上でそのような判別を行おうとすれば、人権的大問題が起きるでしょう。そこで、政府は、このプロジェクトを利用して、理想の人間を造ることにしたのです。絶対的に上に従う精神。自然と共存して行く精神。子供は男と女が作るのではなく、選別された子を受け取り育てるシステム。それらが、生活の上で"常識"となってしまえば、人間は何の苦痛も感じません。だから、その"常識"をもつ世界を、造りあげたのです。」
「・・・それが、この星だってのかよ。」
「そうです。・・・ここは、星ではありません。ただの宇宙居住空間、コロニーに過ぎません。ただ、住む人間達に"ここは星だ"と思いこませ、外に出さないように閉じこめてているだけです。ここは非常に地球に近い所にありますが、極秘プロジェクトのため、宇宙海図に載っていません。また、一般船の航路から外れた所に造られています。・・・地球の政府は、いずれ、この星の人間と、地球の人間を総入れ替えするつもりなのです。」
「入れ替えって・・・。ここに?入りきるわけないじゃないか。」
「地球の人間を、一度、全てクリアし、ある程度環境を整えてから、この星の人間を下ろすつもりでいます。」
「クリア?殺すってことか?そんなこと、出来るわけが、していいわけがないだろ!同じ人間の考えてることだろ?人間は、神じゃないだろ!」
「ええ。ですから、神が必要でした。人間は神を偽造したのです。人間の生と死を扱う神。・・・それが、私です・・・。」
しばらく沈黙があった。
キサラは考えを整理しているように見えた。
「神っつったって、結局は人間が造ったもんだろ。」
「ええ。その通りです。私はこの星の管理を一手に任された、ただの生体コンピュータです。人は人を越えるものを創造できません。ここで、私は、大罪を犯してきました。私は人ではない。だから裁かれないだけなのです。」
「大罪って、何を・・・。」
「ここでは、何ヶ月かごとに、"健康診断"と称して、管理局内部の医療機関で検査を行っています。その際、自由に子供を作らせないために、男女の体に手術を施したり、危険人物と目される者に病原体を注射したり、考え方を矯正するために催眠術をかけたりします。また、頭や首筋ににチップが埋め込まれていて、感情を計測できるようになっています。そのチップが、近づいた者に、自分の感情を電波で送ったりする役目も果たしています。手術は全て、私のサーバにあたる生体コンピュータか、地球から派遣された医師の手で行われています。人口受精で生まれる子供も、知能検査の結果が思わしくないと抹消します。育って行く段階で、評価が劣だった場合、事故や、病気に見せかけて抹消します。ここでは、人間はそのように扱われているのです。そして、その指示を出すのは、私です。」
人間が行うには責が大きい仕事を、自分達が造ったコンピュータに委託したのか。
罪の意識から逃れるために。
それは神ではなく、機械的に、狂いなく、人が殺せる悪魔が欲しかっただけじゃないか・・・。
「あんたは、正しいと思ってるのかよ。自分がしてること。」
「私は、そのようにプログラムされた機械です。そして、そのプログラムは人間の手によって施されたものです。」
「間違ってるのは、人間の方ってことか。」
「・・・そうです。この世界は間違っている。人の生と死を、操作していいはずがありません。人の手によって汚した地球を浄化するために、人を汚そうとしている。事実、不自然に造られたこの星の人間達は、抵抗力が弱まっています。地球へ降りた途端に、地球病原体に感染して全滅するでしょう。だから、気づかせる必要があるんです。地球の間違っている者達にも、この星の人間にも。」
「気付かせる?ここは星じゃなくてコロニーで、管理局のコンピュータが人間に手を加えてるって、バラすのか?」
「そうです。それには、真実を知り、伝える者が必要です。その者が、やがて先導者となって、革命を起こせば、この星のシステムは維持できなくなるでしょう。・・・・そのために、あなた方をお呼びしました・・・。あなた方は私の条件を全て持ち合わせた救世主だったのです。」
キサラは絶句した。
「あなた方の船のマシンが、元は私のサーバだったために、ここへ入ることができました。そして、フリージア、カトレアと恋に落ちる可能性があった。私はアシュラを導いてここへ下ろし、フリージアの研究室へ、それを知らせました。彼女は興味を持ち、あなた方を迎えてくれた。やがて、シトレ、あなたと結ばれたのですね。」
ぼくは話しに今ひとつ、ついて行けてなかった。
「でも、ぼくは、革命なんか、起こせないよ・・・。」
ようやくぼくは口を開いた。
「・・・あなた方に、それは望んでいません。私が期待しているのは、あなたの息子。アーシアです。真実を、体で、血で、証明できる者が必要だった。だから一時フリージアを呼んで、体を普通の女性体に戻したのです。その時、彼女には"住民登録をしていた"と術をかけて帰しました。そして、彼女はあなたの子を宿した。その子こそが、この星を救ってくれるでしょう。今、あなた方が聞いている真実を聞いて育ち、母親を殺した私を憎むでしょう。そうして、立ちあがってくれるはずです。」
「そのために、そのためにフリージアは殺されたのっ!?」
ぼくは急に意識がはっきりして、ミューを見つめた。
「ごめんなさい、それは、本当に、違うんです。でも、でも、私のせいであることに変わりはありません・・・。あなた方に害が及ばないように、私はずっと処理を進めてきました。通常モードだったら、あなた方は処分されてしまうんです。でも、あの時、私の制御が間に合わなかったんです。それで、あんなことに・・・。」
ミューは泣き出しそうにまつげを震わせた。
「正直なところ、また、同じ事が起きないとは言い難いんです。だから、あなた方の身の安全を考えたら、この星から出て、地球へ帰ったほうが良いと思います。」
ぼくは全身から力が抜けて、膝をついた。
ぼくが、ここへ来たことが、全て、計算されて仕組まれていたことだったんだ。
ぼくがここへ来て、フリージアを愛さなかったら、フリージアは死なずに済んだんだ。
ぼくの意思はどこにもなかったような気がして、愕然とした。
怒りはなかった。
ただ、ものすごい虚無感に襲われていた。
「ミュー、君は、そんなことをして、どうするつもりなの。ぼくのアーシアを、どうするつもりなの。革命を起こさせるって、どうしてなの。」
ぼくは尋ねた。
「私は・・・自分の役目を終わらせたいんです・・・。ここの人間達が、もともと地球でどうやって生きていたのか思い出せたら、私はもう、必要ないんです。」
ミューはひとすじ、涙を流した。
機械が、涙を流している。
「ミュー、君は、辛いんだね?管理者を続ける重責に、耐えられないんだね?」
ぼくは泣いているミューを見て、分かった。
彼女に対して怒りがないのは、彼女も犠牲者だからだ。
人が造ったものは、神ではない。人だったんだ。
彼女が言うように、人は人以上のものを創造できない。
ぼくの目の前も、涙で滲んだ。
「彼女を、責めないでやってくれるか。」
今までずっと黙っていた紅が、崩れそうなぼくを支えて言った。
「ここじゃあ誰も、責めることなんか、できないじゃないか・・・。」
ぼくはよろよろと立ち上がりながら、ミューに言った。
「これから、どうするのかは、ぼくたちが決める。それでいいね?」
ミューは涙をこぼしながら頷いた。
 

家に帰ると、カトレアがアーシアを寝かしつけたところだった。
キサラは事情を話すため、カトレアを連れて帰った。
ぼくと紅は久しぶりに二人きりになって、リビングで長いこと黙り合っていた。
眠気とか、空腹感とかが全然なくて、ただぼーっと目を開けている状態だったと思う。
これからどうするのか考えないといけないのに、その気力もなかった。
沈黙を破ったのは紅の方だった。
「アシュラが復起した時にはもう、以前のアシュラじゃなかった。俺はミューと話しをして、どうして俺達がここへ来たのか知った。随分悩んだんだ。お前達に話そうかと。でも、俺はミューの意志を尊重したかった。彼女は自分を犠牲にして、この星の人間の元に戻そうとしている。でも、もし、自分たちが彼女の計画の一環に入ってると知ったら、お前達の動きが変わってしまったかもしれないだろう?・・・だから、言えなかったんだ。でも、まさか、フリージアが命を落とすことになるなんて・・・。」
ぼくは目だけを動かして紅を見た。
「痩せたね、紅。」
始めから細いやつだったけど、今の紅は本当にやつれている。顔色も悪い。
紅なりに悩んでいたのだろう。
それとも、ミューに心を奪われていたのだろうか。
「ぼくはね、紅。フリージアが帰ってこないのが、一番悲しいんだ。なんだか、この星にいる意味を、失っちゃったような気分なんだ。ひどいよね、アーシアがいるのに・・・。」
紅は答えなかった。
ぼくは目を閉じた。
この星に来てからのことが次々と思い出される。
やがてそれは夢となり、夢の中でフリージアはアーシアを抱いて笑っていた。
ぼくはこれが夢だと言うことを知っていて、できるなら目が覚めないようにと、強く祈っていた。
ふと、アーシアの泣き声が聞こえた。
目を開けた時、そとは白白と明るくなってきていて、ぼくは紅がかけてくれたのであろう毛布に包まって、ソファで寝転がっていた。
ぼくは泣きぐずっているアーシアを抱いてあやしながら、リビングの壁を見た。
落としきれなかったフリージアの血の跡が、あの事件を思い出させる。
フリージアは、もう、夢の中にしかいないんだ。
 

その日、太陽が傾きかけた頃、キサラとカトレアがやってきた。
キサラは大きな鞄を持っていて、ぼくはその中身が工具であることを知っていた。
全員がテーブルに着くと、カトレアが話しを始めた。
「昨日、帰ってから、全部聞いたの。私って、キサラ達と見た目は同じなのに、まるで違う生き物みたいなのね。」
カトレアは、気を落ち着けながら話しているのだろうか。口調がとてもゆっくりだった。
「この星の人間を解放するために、やっぱり真実は公表すべきだと思う。私はいろいろなネットワークを使って、それをやって行くとこにしたわ。」
「でも、カトレア、それじゃ君の身の安全も保障できなくなるじゃないか。」
カトレアはそう言ったぼくを真っ直ぐに見つめた。
「分かってる。覚悟はしてるわ。でも、フリージアが死んだことだって、元はと言えば、この星のシステムが悪いのよ。私達は人間として、人間らしい暮らしを望んで何が悪いのよ。フリージアはアーシアが産めて、本当に幸せそうだった。それは人間として当たり前の幸せだったんじゃない。その幸せを知ったために殺されたなんて、そんなの私、納得が行かない。」
カトレアは精一杯感情を押さえながら言った。
彼女にとって、フリージアは唯一の姉だ。
その心境は察することができた。
「・・・だから、だからね、シトレ、紅。あなた達にも協力して欲しい。この星を・・・ううん。この居住区を開放するために、あなた達にしかできないこともあるじゃない。」
「えっ・・・。何を?」
「地球へ戻って、地球側の人間の説得をして欲しいの。」
ぼくは思わず、腕組みをしてうつむき、彼女の話しをじっと聞いているキサラを見た。
キサラは全て納得済みかのように動かなかった。
「だって、待ってよ。カトレア、君はキサラと一緒に居たいだろう?ぼくだってアーシアがいる。なのにこの星を離れろって言うの?」
「きっと、私達はここでしか暮らしていけない。・・・だから、アーシアは私が必ず守って育てるわ。シトレだって、ここにいたら、危ないかもしれないのよ。生きてさえ居れば、きっとまた、ここに自由に来れるようになるわ。だから、必ず会いに来て。会いに来れるように、私達、場所は違うけど、頑張って行きましょうよ。」
戸惑っているぼくに、キサラは顔を上げて言った。
「さっき、アシュラの様子を見てきた。1年以上放置しちまったから、多少の修理と慣らしは必要だけど、十分飛べる。アシュラもサポートしてくれるだろう。」
その言葉に、紅も言った。
「ああ。昔の仕様に戻ったとはいえ、俺達と働いてた頃のことを忘れたわけじゃない。ちゃんと地球まで飛んでくれるさ。必要なら、ミューもサポートしてくれるはずだ。打ち上げ台も管理局が用意してくれるだろう。」
3人はぼくを見た。
最終決断をぼくに任せているようだった。
「・・・帰ることが、この星の人のためになる?」
ぼくは聞いた。
「ああ。この世界はもう、動き始めてる。」
キサラが言った。
「この星にいる、私達のために、アーシアのために。そして、フリージアのために。」
カトレアが言った。
「ぼく達、間違ってないの?正しいのかな。」
「彼女は、ミューは、正しいことをしているさ。自分の罪を知ってるから、打ち明けてくれたんじゃないか。」
ぼくは目を閉じて、フリージアに語りかけてみた。
「君はどう思う?」
「離れたくないわ。ひとときも。」
「ぼくもだよ。」
「・・・でも、今の私達より、未来を生きるアーシアのために、しなくてはいけないことも、あるかも知れないわね。あなたは必ず、またここに帰ってくる。私と、アーシアが、ここで待ってるから、必ず帰って来るわ・・・。」
ぼくは目を開けた。
「必ず、帰って来れるよね?」
「もちろんさ。でないと、オレとカトレアの約束まで反故になっちまう。」
キサラはカトレアを見て笑った。
「そうよ。必ず帰ってきてね。」
「お前、一番最初に、女が待ってるのは差別だって言ってたもんな。」
「そうよ。あんまり待たせちゃいけないのよ。」
カトレアはついにこらえきれなくなって大粒の涙をぼろぼろとこぼした。
ぼくは席を立つと、側で一人で遊んでいたアーシアを抱き上げた。
やっぱりどことなく、フリージアに似ている。
アーシアは喜んで、ぼくの額をぺしぺしと叩いた。
アーシアのからだは、ぼくと同じだ。何の手も加えられていない。
やがて、この星の"常識"も変わるだろう。
この見た目に美しい世界を維持してきた"常識"が変われば、もしかしたら、ここも荒廃してしまうかもしれない。
でも、人間は、自分で学ばなければだめだ。
ミューが、機械が、自分の罪を意識したように、ぼくらだって気付けるはずだ。
どうやって生きて行くのが、正しいことなのかを。
 

それから、キサラと紅は、アシュラの本格的な修理に入った。
フリージアのコンピュータと繋いでいたアシュラの本体を再び切り離して戻し、ミューに打ち上げ台の用意をしてもらった。(もちろん隠し打ち上げ台だったけど)ぼくは、カトレアの提案で、大きくなったアーシアのために、メッセージビデオを撮っていた。
それを手のひらくらいの再生機に入れて、簡単に見れるようにしたんだけど、機械音痴のぼくには大変な作業だった。
やがて、全ての準備が整い、出発の日の前の晩、ぼくはアーシアと一緒にフリージアの墓前に立った。
この晩は、それぞれが思い思いの人に会いに行っていた。
キサラはカトレアと。
紅はミューに会いに、マザータワーへ行っていた。
ぼくの手の中の幸せは崩れてしまったかも知れないけど、築き上げた思い出が崩れることは決してないんだと思った。
ぼくがフリージアを想う気持ちも、これから先、変わることはないだろう。
それは、誰かに操られたからじゃなくて、ぼく自信が、フリージアを愛した証になるだろう。
そして、アーシアがいる。
ぼくとフリージアの子。
ぼくとフリージアが一緒にいた、なによりの証。
フリージア、必ず帰って来るからね。
君をいつまでも待たせないように、頑張って、なるべく早く。
ぼくが地球に帰って、何かができるのかどうか、不安はたくさんあったけど、出発の日はやってきた。
その日は打ち上げがしやすいように、天気は快晴だった。
隠し打ち上げ台は砂漠の中にあって、普段は砂で覆っているそうだ。
カトレアは、アーシアを抱いて、フリージアの家の玄関で、
「笑って、お見送りしたいから、ごめんなさい、ここまでにさせて。」
と言った。
表情は必死に取り繕っているが、やっぱり寂しそうだ。
ぼくがアーシアを抱いて、メッセージビデオを渡している間に、キサラはカトレアに長い長いキスをして、結局カトレアを泣かせた。
ミューが、打ち上げ台まで送るための車をよこしてくれて、ぼくらはそれに乗りこんだ。
カトレアはもう、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていて、つられてアーシアも泣き出して、ぼくとキサラはそれを見るのが辛くて、一度も振り返ることが出来なかった。
もう、泣き声も届かなくなって、バックミラーで姿も家もが確認できなくなると、キサラは涙をぬぐって、「はは。」と力なく笑った。
キサラの泣いているところを見たのは、後にも先にもこれきりだった。
砂漠の打ち上げ台には、アシュラがもうセットしてあって、久しぶりに見るアシュラは、なんだかとてもアンティークに見えた。
ぼくらは入り口デッキの前で、もう一度、この星の空気を感じた。
振り返っても、もう、アーシアもカトレアも見えない。砂の荒野だ。
まだ、飛ぶのをやめられる。
そういう思いを振り切って、ぼくは中へ入った。
コックピットに座ると、以前の感覚が戻ってくる。
スイッチをひとつずつ入れて行くと、計器に灯かりが点いて行く。
エンジン音、振動、全てがとても懐かしく思えた。
ああ、ぼくはアシュラに乗って地球へ帰るんだ。
紅はこの星への想いを断ち切るかのように、すぐにアシュラへ打ち上げカウントダウン開始の指示を出した。
アシュラがカウントを始めると、ぼくは体を硬くして、じっとしていた。
でないと、立ちあがって、船を降りてしまいそうだった。
キサラも同じように、シートに体を押しつけるようにしていた。
だんだん振動が大きくなってきて、カウントも終わりが近くなってきた時、声がした。
「違う。俺にとっての真実は、ミューだ。彼女と一緒にいることだ。」
見ると、紅が立ち上がっている。
「分かるだろう?彼女、機械じゃないんだ。もう、人としての心を持ってるんだ。なのに、誰にも助けてもらわないで、1人で全てを背負いこもうとしてる。誰よりも、優しいのに。誰よりも、傷ついてるのに。俺は、彼女と一緒に居たい。一緒にいないと、俺はもう、ダメなんだ。」
ぼくとキサラが、引き止めようとした時には、紅は出口に向かっていた。
「紅!ちょっと待て!そんな勝手な話しがあるかっ!」
追いかけて叫ぶキサラの前で、紅はハッチを開けた。
「勝手なのは十分承知だ。すまない。シトレ、キサラ。でも、俺にはもう、彼女しか信じるものがない。」
「紅!」
名を呼んだぼくらの前で、紅は船を降りて静かにハッチを閉め、外側からロックをかけた。
カウントは、もう、ギリギリだった。
ぼくとキサラは慌ててシートに戻って体を固定した。
カウントがゼロを告げ、轟音と共にアシュラが動き出した。
紅は打ち上げの爆風にあおられて、砂の上をしばらく転がった。
やっと体が止まって、上を見上げた時には、細い筋雲の先に、かろうじてアシュラらしい光が見える程度だった。
ぼくらはコロニーの出口から、宇宙へ出た。
モニターから、ぼくらが居た世界が見える。
確かに、星ではない。コロニーだ。
現実を見て、なんとも言えない、苦い感覚が、ぼくの中で疼いた。
「あいつ、彼女が真実だって言ってたな。じゃあ、オレ達の真実ってなんだ?」
キサラが外を眺めながら言った。
「きっと、この星を解放するってことじゃないか?」
「そんな偉そうなことかよ。」
「じゃあ、必ず、ここへ帰ってこれるようにする。ってことだよ。」
「うん。そっちの方がいいな。」
キサラは少し寂しそうに笑うと、眠りについた。
コロニーの姿はどんどん遠ざかって行く。
ぼくは以前紅が言っていた言葉を思い出した。
「人にはそれぞれの生き方、幸せのなり方がある。」
紅は幸せだろうか。
いや、自分で幸せな道を選んだのだろう。
ぼくも、出来る限りのことをしよう。
フリージアは、いつもぼくと一緒だ。ぼくを見ていてくれている。
アーシアのことも見守ってくれているだろう。
アーシアにもう一度会うために。
ぼくが、後悔をしないように。
地球で、出来る限りのことをしよう。
さよなら。ミューの星。
また、必ず、帰って来るからね。



彼女の千年王国          終章 それからのこと、これまでのこと。

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