< 能登2日目  富来から能登町へ >

2007/8

- 富来 - 西保海岸 - 輪島 - 曽々木 - 禄剛崎 - 珠洲 - 九十九湾 - 宇出津 約160km -


 奥能登。今日はどのくらい走れるか。
涼しい時間に距離を稼ぎたいので夜明けを待って、5時に宿を出る。

 


                         赤神崎

 

 前の晩に「5時に出るから」と、支払いを済ませておいた。暗いうちに起きて支度をする。空が白むのを待って、5時に走り始める。配送の車が時折追い越して行くだけ。軽い坂の上ったり下ったりを繰り返す 。

 道の前方に犬が車に轢かれているのが見えた。近寄るとかわいそうに若いキツネだった。昨日の倶利伽羅峠では「熊出没注意」の立て看板があったが、今日はキツネだ。この後、碌剛埼ではタヌキがゆっくり目の前を横切り茂みに消えた。翌日は能登島でイタチが転がるように目の前を横切った。能登は山深い。

 

 


 

< 能登沖地震 >


 門前地区は能登沖地震の被害が一番大きかった地域である。特に天領黒島地区は被害が大きく、「黒島天領北前船資料館」は大きく傾き、復旧にはかなりの困難が予想される状態だった。天領黒島地区は黒瓦と下見板の美しい家並で知られている地域だが、崩れた建物を撤去した後に残された空き地や、屋根瓦がずり落ちたまま残された家が痛々しかった。「特に倉の被害が大きかった。」と聞く。

 

黒島地区 

 

              黒島天領北前船資料館


000

            地震の被害


総持寺祖院

 

 

 総持寺祖院は着いたのが早朝だったので、人影もなく静かだった。塀のビニールシートは地震の被害だろうが、山門や本堂などの外見からは特に大きな被災は感じられなかった。



 

< 西保海岸 >

 


                    間垣が独特の景観を見せる西保海岸

 


 総持寺祖院の門前町を抜けて、浦上から西保海岸までの 山越えの途中で雨にあった。たいした降りではなく、木陰に避難しただけで大きくは濡れなかったが、雲行きから、この後のずぶ濡れ状態も覚悟した。寒冷前線の接近で沖には積乱雲がいくつも立ち、黒雲が速い速度で流れて行く。稲光がして遠雷が聞こえる。集落の公共アナウンスは大雨洪水警報の発令を知らせている。

 


                       道路脇のわき水

 しかし雨を降らせた雲が通り過ぎれば、真夏の日差しが戻る。炎天下のアップダウンはきつい。道路脇に自転車を寝かせて、湧き水で顔や腕を洗う。天国である。

 


 

< 輪島 >

 


                                 輪島の朝市

 

 輪島へは9時過ぎに着いた。夕立が去った後、洗われた路面がきれいだ。観光屋台も多いが、農家のおかみさんが朝どり野菜を並べている。 塗の店が並ぶ。輪島塗は品物も特別だが値段も特別。自転車旅行のついでに買える値段ではない。

 今回の旅で唯一、輪島から禄剛崎の間だけが追い風だった。そのおかげで、この日は160kmを稼ぐことができた。交通量も多くなく、海岸線を追い風に助けられて快走する。スピードに任せる余り、揚浜塩田も横目で見るだけで済ませてしまった。

 


 

< 白米千枚田 >

 

 白米の千枚田は想像していたよりも規模が大きくなかった。何しろ狭い田は畳の半分もない。しかし海に落ちるように続く青田の景色は美しい。自然の地形に逆らわず、それを生かすことで生み出された自然と人工の美しい調和であろう。我々はこうした二次的自然のようなものを、もっと評価してもいいと思う。手つかずの自然は貴重だが、加減良く人の手が入った景色が好きである。各地を訪ねて強く感じるのは、その土地、その土地の文化的な基礎体力のようなものである。

 

 


 

< 上時国家・下時国家 >

 

 時国家には多くの観光客を予想していたが、私以外皆無だった。観光的にも地震の影響からいまだ回復していないと聞かされる。民家が好きで各地の民家を見て来た。木組みや深い軒のつくる陰影は勿論、雨や日光に晒されて一枚一枚が微妙に色が変わった瓦屋根やすり減った踏み石、雑巾で拭き込まれた床の艶など、時の経過が建物に新築時にはなかった魅力を蓄積している。

 


上時国家

下時国家

 

 記憶に強く残った家がある。長崎の如己(にょこ)堂はわずか畳2畳の小さな建物だったが、これ以上何を望もう。また、伊豆韮山の江川邸は代官屋敷にふさわしい堂々たる建物だった。しかし、江川英龍のスケールは建物とは比べ物にならないくらい大きかった。住宅の魅力は結局そこに住まう人の魅力である。



 

< タオル >


  禄剛崎まで追い風で距離を稼ぐことができた。しかし、須須神社を過ぎる頃からまた雨が降り始めてしまった。お寺の軒先で雨宿りをして、小降りを待って走り始める。途中、初老のご婦人も待っていたように自転車で通りに出てきて、並走となる。しばらく走ると又雨脚が強くなった。街道沿いの軒先を借りて雨宿りをする。先ほどのご婦人が向かいの家に消える。

 しばらくして、そのご婦人が出て来た。わざわざタオルを届けてくれ、使えという。持っているからと固辞したのだが、貰い物だからと置いて行く。北國新聞の名が入っていた。


 

 走行距離も 120kmを超すとお尻にダメージが出てくる。特に夏は汗で蒸れて肌が傷つきやすくなっている。おまけに風が変わって強い正面の風である。次第に走るのにも飽きてくる。しかし宿は宇出津の少し先、波並である。足だけでなく全身の疲労を意識するようになってくる。

 

 

 見附島(軍艦島)、九十九湾など海岸の景色は美しかった。今日は先を急ぎすぎたかもしれない。

 

3日目へ

1日目に戻る

back