青春18切符を使って・その2 < 東北2日目 >

2007/7/31
--- 花巻 -- 遠野 -- 花巻 -- 早池峯神社 130km ---

 


                イギリス海岸


  朝6時に出発。宿から遠野までは約60km。一旦花巻に出る。昨夜、真っ暗な中、心細く宿を探しながら上って来た道である。早朝マラソンの子供たちとすれ違う。子供たちは皆眠そうで、父親たちも起きたばかりという顔をしている。挨拶を交わす。

 


 

 花巻見学は午後にして、まずは遠野へ向かう。釜石線に沿って幾つかの小さな峠を越える。宮守の付近でポツリポツリきた。心配していた雨である。雨脚が段々強くなる。釜石線での輪行を考え、宮守駅に立ち寄ったが、ちょうどよい電車がない。しかたがないので雨宿りをしながら先へ進むことにする。

 幸い雨は長くは続かず、木の下に避難するうちに小降りになってくれる。しかし道路に水たまりができていて、ハネを避けながらの走行でスピードが出せない。

 

< 遠野 >

 

 南部曲り家、千葉家住宅に寄る。映画、遠野物語のロケで使われた建物で、茅葺屋根の大きな建物である。崖地に建っていて眺望に優れる。厩に多くの絵馬が残っていた。描かれた馬の一頭一頭が個性的で、躍動感にあふれている。馬についての信仰のようなものを感じさせる。

 建物の威圧感とか、馬の躍動感とかいった一種の荒々しさは南方の牛文化圏とは異なる感覚のように思えた。

 


                              千葉家住宅


                         厩に掛けられた数々の絵馬


 案内図を片手に「ここがカッパ淵。」などと遠野を一回りする。とはいっても、ただ田圃の中の道をのんびり走るだけである。

 


      遠野は見晴らす限りの水田地帯であった

 

 午後は宮沢賢治のゆかりの場所を訪れ、夕暮れまでに早池峯に上らねばならない。遠野はほどほどで切り上げて、花巻まで輪行する。

 


 

< 花巻 >

 


                          宮沢賢治記念館にて

 

 宮沢賢治記念館は郊外の丘の上に建っている。周囲は深い緑である。エゾゼミがギーコギーコ鳴いている。低く無骨な響きがいかにも宮沢賢治に似つかわしい。林の中に鉄道の信号機が置かれている。誰の発案か、それは室内の展示以上に賢治の作品をうまく物語っていた。

 

 


宮沢賢治の墓 



宮沢賢治の生家 

 

 「明日は賢治が産湯をつかった井戸の公開日です。」というニュースがテレビで流れていた。賢治の生家、母の実家、墓所など花巻駅から近い。生家や母の実家に立ち寄る。公開はされていないので外から覗くだけである。賢治の墓地がある身照寺へ行く。本堂も新しく、薄日も射して墓地全体が明るい雰囲気であった。特に案内もなく、写真で知っていなければ分からなかったほどである。宮沢家の墓標と並んで、賢治の五輪塔があった。

 

 


                                           羅須地人協会

 賢治が暮らした土地を見てみたい。それが今回花巻へ来た理由のひとつであった。賢治の時代から70年が過ぎている。岩手山、イギリス海岸はともかく、花巻の駅や街並などは当時のままではないだろう。しかし私は町のいたるところで賢治を想像することができた。

 鉄道の線路や停車場。遠ざかって行く夜汽車の明かり。誰もいない夜の踏切や、ひとりでに動く信号機。雪明かりの町並み。満天の星空や、昼間のように明るい満月の夜。作品のモチーフ一つ一つが賢治のまわりにあったもので、こどもの賢治は好奇心に満ちた目でそれらを見ている。四方を山で囲まれた閉ざされた風土。ミクロの世界への沈殿と空想の飛躍。ここが賢治の地である。

 


 

< 早池峯 >

 

 宮沢賢治資料館を出て、イギリス海岸の川岸に立ち、花巻農業高校で羅須地人協会の建物を見る。ここから早池峯神社までは約30km。上りを考えてもおそらく2時間程度であろう。

 午後は晴れ間も覗いたが、また空が暗くなって来て、ぽつぽつし始める。走っていると、様子の異なる田が目立つ。稲に比べて葉が広く、色も濃い。ヒエ田だという。普通のヒエは田の雑草だが、このヒエは品種改良がなされて、このところの健康ブームで結構人気があるという。「しかし稲田に戻すには、ヒエが取りきれなくて難儀をする。」

 遠野ではゴボウの花を見た。ゴボウの花は初めてである。近くのひとに聞くまで何の作物か分からなかった。地這いのトマトもあった。遠出をすると、畑の様子を見るのも楽しみである。

 


                         祭礼の幟幡

  大迫からいよいよ上りである。何キロかごとに道の両側に祭礼の大きな幟が立っている。早池峯ダムの手前で幾分勾配が急になる。時に立ち漕ぎをしながら上って行く。道を尋ねと、「上る車のほとんどは祭りが目的だから、車について行けばいいよ。」

 ようやく神社に着く。観光バスも停っている。集落の家々は宿坊を兼ねていて、道路からにぎやかな様子が伺える。幸いにも陽が射して来た。

 

 

< 早池峯神楽 >


 
                            早池峯神社


茅の輪くぐり


茅の輪くぐりの行列

 

 お神楽は6時からだ。まだ1時間もあるが、もう場所取りしている人たちもいる。まずは社殿へ参拝。ちょうど神事の最中であった。赤い紙でできた人型が配られ、茅の輪くぐりの列ができている。左回り、右回り、左回りと八の字を描いて回った後、人形をかがり火に投じて、本殿の石段を上がって二礼二拝一礼をして神事が終了した。

 


< お神楽 >

 


                        始まりを待つ神楽殿前の様子

 椅子が置かれたり、ビニールシートを持参して陣取りをしたり、神楽殿前は段々人が増えてくる。暗くなって明かりがつく頃、神楽が始まった。演目が張られ、囃子方が出てくる。囃子方は観客に背を向けて座り、中央に胴取りの太鼓、左右に手平鉦。笛は幕の内側か観客席からは見えない。独特な口調で演目とご祝儀の紹介の後、神楽幕の裾をまくって、舞い手が登場しする。頭に鳥を模したような被り物をつけて、鶏舞からスタートした。




                                                八幡舞

 鶏のついた被り物、面、小太刀などの小道具や女物の着物や襷、袴などの衣装が太鼓が調子をあげれば舞も激しくなり、体を捻ったり、頭を大きく振ったり、時には両腕を突き上げる。

 以下は当日のプログラム

 

< 岳神楽 >


鶏舞
翁舞
八幡舞
悪神退治の舞
矢降りの舞
権現舞

 

< 大償 神楽 >


鳥舞
翁舞
三番叟
八幡舞
山神舞
鞍馬舞
水神舞
権現舞


 夜が更けるとともに、辺りに冷気が下りてくる。思わぬ所でレスキューシートが役立った。一枚を足下に巻き、もう一枚を肩から羽織るようにして、かろうじて寒さをしのぐ。昼間の疲れからか、時折記憶が抜ける。目を覚ましてまた舞台を見る。5時間にわたる上演なので、途中で来るひとや、切り上げて帰るひとなどがいる。

 踊りは頭を大きく振るのが特徴で、演者は平衡感覚が損なわれ、我々は同じ動きを繰り返し見せられることで、ある種の催眠状態に陥るのではないだろうか。岳神楽が終わって、途中賛助出演があって、大償神楽に移る。演目はほぼ同じ。初めてのものにとっては、両者の大きな違いは分からなかった。

 演目が全て終了した。私も雑魚寝であったが布団にありつけた。少々カビ臭い布団も却って懐かしいものだった。



                               朝の境内

 朝起きると外は晴天。陽の光が眩しい。昨夜で東北地方の梅雨が明けた。今日は山を下って、渋民まで。啄木を訪ねる。

 

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