青春18切符を使って・その2 < 東北最終日 >

2007/8/2
--- 多賀城跡 -- 松島 (輪行) ---

 


                    多賀城碑

多賀城跡は仙台平野をのぞむ丘陵上にあった。約800m四方程の広さをもち
「遠の都」といわれるのにふさわしい規模である。

 


 

< 多賀城跡 >

 

 花巻発の始発電車は6時17分発の一ノ関行。接続が悪く、次の仙台行きの電車まで約1時間も待たねばならない。一旦改札を出て、ゆっくりモーニングコーヒーとする。

 国府 多賀城で下車する。多賀城跡は駅のすぐ前である。多賀城は陸奥の国府であり、かつ東北経営の基地として「遠の都」といわれた。塩竈から続く丘陵の縁に仙台平野をのぞむように建つ。現在この一帯を史跡公園にするための整備が進められている。

 まず多賀城碑を見に行く。多賀城碑は壷碑とも呼ばれ、三古碑の一つとされている。階段を上がった小さな丘の上のお堂の中におさめられている。格子の間から中を覗く。西の文字は読めるが他の細かな字まではよくわからない。

 


        碑文 (部分)

 

 道路を挟んだ丘全体に多賀城の施設が広がっていて、中心に政庁がおかれていた模様。現在もなお発掘調査が続いている。重機が入って、南北大路跡の発掘調査が行われていた。

 


  多賀城跡 正面の丘全体がエリア。手前では南北大路跡の発掘調査が行われていた。

 


平成15年西方上空から撮影

 宮城県多賀城跡調査研究所では、特別史跡多賀城跡の第78次発掘調査として、政庁南門と外郭南門を結ぶ道路跡(城内南北大路跡)の調査を行っています。 これまでの調査で、この道路跡は奈良時代には幅12mであったものが、平安時代には幅約23mに拡幅されたことがわかっています。 この地点の調査では、城内南北大路とその東丘陵上の城前地区官衙との関係解明を主な目的としています。(案内板より)

 

 


                                          正殿基壇跡

 


                           外郭東門跡

 

 多賀城跡の北側の道は真直ぐ多賀城の港だといわれる塩竈へつながっている。時間的余裕がないので、塩竈神社へも寄らずに松島へ急ぐ。国道は交通量は多いが海と松が美しい。

 


 

< 松島 >

 さすが松島である。多くの観光客に混じって、外国人も目につく。朱塗りの太鼓橋で五大堂に渡る。

 


                          五大堂

 

 瑞巌寺は山門を入ると広い杉木立のなかに真直ぐな参道が通っている。境内の清々しさが印象的だった。また、岩盤を穿って作った数多くの ”やぐら”が回廊のようになっていて、仏像が置かれて、順に参拝できるようになっている。観光客が多いにも関わらず、喧噪とか埃っぽさとは無縁であった。本堂へ参拝。宝物殿を見学する。

 


                        瑞巌寺


                        瑞巌寺本堂中庭

 


                       芭蕉翁奥の細道松島の文

 

 松島海岸の駅で時刻表を見ると、仙台行きが5分後に来る。大慌てで自転車を分解し袋に詰めていると電車がホームに入って来た。自転車を肩に一気にホームに駆け上がった。

 

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