< 4日目 熊野詣 >

2007/5

田辺 - 中辺路町 - 熊野本社 - 新宮・新玉大社 - 補陀落寺 - 那智大社 約120km

 


 

 田辺から中辺路を熊野本宮へ向かう。晴天だが、生憎の強い向かい風。少しでも風の抵抗を減らすために背をかがめて走る。5時に走り始めて、1時半に那智駅で輪行。4月だからと日焼け対策に油断があった。鼻や頬がひりひりすると思った時は手遅れだった。

 


            田辺市内の道標

 

 朝5時に出発。5時はまだ暗いし寒い。関東より日の出が遅いようだ。田んぼに白く見えたものは霜だった。この日、東京では雪が舞ったとか。寒いはずである。中辺路は峠を3つも4つも越さなくてはならない。ひたすら上っては下る。交通量そのものは多くないが、物流のトラックが私の横をすっ飛ばしてゆく。

 


                                  中辺路町

 


 

< 熊野本宮 >

 本宮へ参る。鳥居をくぐると、杉木立の正面に長い石段。両側に幟が並んでいる。八咫烏の絵にサッカーリーグの説明がある。

 参拝を終えて大斎場(おおゆのはら)へ回る。明治22年の水害までは、ここに熊野本宮があった。大斎場は熊野川・音無川などが合流する中州で、杉の森になっている。巨大な鳥居が立っていて、両側の田んぼから一段高くなった花道のような真直ぐな道を進む。菜種が咲いて、遠くに満開の桜が見える。

 大鳥居をくぐると、現在の大斎場は広場になっていて、満開の桜がきれいだった。

 


                  熊野本宮旧社地 大斎場(おおゆのはら)    

 

 

< カミ と 神 >

 


              大斎場を遠望、左手の森がもともとの熊野本宮、大斎場。


 言葉がなければ宗教たりえないが、言葉が過ぎれば宗教は人間のスケールに堕ちる。かつて創世神話が生み出された時期、さらには国家神道が確立した時期、神道として純粋化される過程で、カミは擬人化され、善なる側面のみが強調されていった。

 しかし、こうして山や森、広々とした河原を眺めていると、原初の神の姿が見えるような気がしてくる。原始の神とはこのような自然に近いものだったのではあるまいか。自然は人々に恵みをもたらすと同時に災害や流行病など不幸ももたらす。人々は収穫に感謝する一方、災害を恐れた。神は善であり、同時に悪でもあった。

 新しい魂が宿る産小屋。また異界へと魂が帰って行く殯(もがり)屋、海岸など洞窟の風葬墓、先祖の霊を迎える彼岸や盆などの行事、あるいは死と再生の冬至の行事、道祖神や馬頭観音、竃の神様、果ては疱瘡神や貧乏神、疫病神まで、原始の神々たちは神社の外側で生き続けて来たのではあるまいか。

 

 


 

< 新宮 熊野新玉大社 >

 

 


                                熊野新宮 速玉大社

 西国三十三カ所巡りの巡礼姿の団体客がバスから下りてくる。柑橘類を並べたお店や手焼きせんべいの屋台など覗きながら、皆が思い思いに拝殿にむかう。団体を案内してきた和尚さんらしき人が樹齢1000年といわれる梛(なぎ)の前で説明をしている。お年寄りが多いせいか、すべてがゆっくりで、店番のおばさんも同じような調子なので、見ている私にまで、そのゆったりした気分がうつってしまう。

 


 

< 補陀落寺 >

 

 

 

 補陀落寺には前々から来てみたいと思っていた。実は熊野といえば熊野三山よりも、うっそうと茂る照葉樹林の深い森と補陀落渡海のイメージが強かった。ニライカナイ、蛭子など黒潮がもたらす南方文化へのあこがれがあった。

 実際の補陀落寺は海辺の村には何処にでもありそうな、普通のお寺だった。渡海船は予想外に小さかった。

 

 


 

< 那智大社 >

 


                                   那智の滝

 

 熊野那智大社は那智駅から山側に約8km入らねばならない。高低差は約300m。坂をえっちらおっちら上って行く。坂は段々勾配を増すが、お寺はなかなか見えてこない。ようやく前方に那智の滝が見えた。最後の上りを我慢すると駐車場である。駐車場からは急な石段を歩いて上ることになる。両側に土産物屋が並ぶ。さすが第一番の札所、青岸渡寺である。参拝客が途切れることがない。

 長い石段を上りきると那智大社の社殿、一段下がったところが青岸渡寺である。巡礼姿が目立つ。滝を見、はるか下界をのぞむと、あたかも空中楼閣にいるかのようであった。

 


                     熊野那智大社


        西国三十三カ所第一番札所、青岸渡寺

 


 

< 青春18切符 >

 


                        那智駅

 

 今回久しぶりにローカル線に乗った。那智駅で1時間半待って、ようやく来た電車は1両編成でしかもワンマンカーであった。各駅停車の電車は那智から新宮。多気、亀山と名古屋まで何度も乗り継がねばならない。単線なので途中駅で特急を先に行かせたり、すれ違いのため、何度も駅で停まることになる。時には15分を越える待ち時間さえある。

 最初は気づかなかったが、長い時間、同じ車内に乗り合わせていると、段々、乗客一人一人の個性が見えてくる。待ち時間ごとに降りていって、ビールを2本ずつ買ってくる客。待ち時間には必ず待合室へスタンプを探しに行く客。かと思うと、こちらは腕を組んだまま眠っている。尾鷲を過ぎるとトンネルや入り江の風景が繰り返すようになるが、景色が変わるたびに反対側の席へ移る客もいる。都会では乗客は風景の一部に過ぎないが、ローカル線の客は一人一人が個性的である。

 すっかり暗くなって、夕飯時となったが、生憎この路線は何もない。駅弁はおろか、売店、はたまた駅前にさえ商店がない。ようやく乗り換え時間を利用して、カップラーメンにお湯を入れてもらうことができた。隣のベンチで母親と娘が同じように二人で一杯を分け合って食べている。お互い目が合って、思わず笑ってしまった。

 

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