伊勢、吉野、熊野 < 5日目 >

2007/4

--- 近江八幡 --  彦根 -- 長浜 -- 関ヶ原 -- 大垣 -- 約100km ---

 

今日が最終日。帰りの電車の時間を差し引くと、走る時間は半日。近江八幡から彦根、長浜。
米原まで引き返して旧中山道を関ヶ原、大垣まで走って約半日のコースとする。

 



 

< 近江商人屋敷 >

 


                      近江商人屋敷町

 

 安土駅で自転車を組み、近江商人屋敷へ向かう。東近江市五個荘金堂地区。白壁と舟板塀が美しい。外村宇兵衛邸、外村繁邸、中江準五郎邸など近江商人の屋敷が一般に公開されている。

  外村宇兵衛邸は敷地面積が900坪。基本的には農家住宅である。玄関を入ると、黒光りした太い柱と梁の広い土間で、そのまま勝手へと続いている。近江商人は全国規模で事業を行い、戦前には台湾などへも進出していたというが、成功した後も本家をこの地に置き、質素倹約を旨とし、農業を基本とした生活を変えなかった。

 そうした質実剛健を旨とする考え方は住居にもよく表われている。基礎周りや建物の骨組みなどには充分手をかけるが外見は控えめである。外村宇兵衛邸の庭園は杉かヒバかの木立の中に大小の踏み石が回遊路を作っている。垂直線を基調とした木々の配置は簡素でありながら、そこには独自な美の感覚がある。

 


 

< ヴォーリズと近江八幡 >

 


       旧ヴォーリズ住宅

 

 昨年の夏に近江八幡を訪れ、ウィリアム・メレル・ヴォーリズのことを知った。

 ヴォーリズはカンザス州の敬虔なプロテスタントの家庭で育った。英語教師として来日したが間もなく教職を辞め、近江兄弟社、ヴォーリズ建築事務所、病院や学校経営など事業家として幅広く活躍した。

 今回、五家荘を訪れ、近江商人のライフスタイルを知った。農を基本に日頃は質素倹約に努め、奉仕の心を忘れない。一方、商人としては果敢に活動の範囲を広げ、全国、さらには海外にまで展開して行く。それはまさにヴォーリズが生まれ育ったプロテスタントのピューリタニズムとフロンティア精神ではないか。その意味では彼もまた、この地が生んだ近江商人の一人である。

 


 

< 彦根城 >

 


                       彦根城

 彦根城を是非見たかったが、桜の時期でものすごい人出である。発券売り場で天守閣は40分待ちだと聞いて、今回は入場をあきらめた。堀を一巡し、湖畔道路を長浜に向かう。

 


 

< 長浜 >

 


                              旧長浜宿の北国街道

 長浜については特に下調べもなく出かけたが、旧街道の人出には圧倒された。ここは古いものを生かした新たな街づくりが成功している一例であろう。ガラスをテーマとした「黒壁ガラス館」、アールデコのガラス美術館。おいしい食べ物屋、などなど。古い入れ物に斬新なアイデア。もはや古い町並みだけでは人は集まらない。

 

 

 

 北国街道。このまま琵琶湖の東岸を北上し、木之本宿から余呉湖をかすめて、椿坂峠、栃ノ木峠を越えて板取宿へ至る。その他塩津街道や西近江路など、いずれ走ってみたい。

 


 

< 不破の関 >

 

 米原から醒ケ井、柏原と旧中山道の宿場を経て、不破の関に至る。関所跡を少し西に下ったところに藤古川がある。壬申の乱で大海人皇子が東国の勢力を背景に、大友皇子の軍勢と対峙し、関ヶ原の戦では徳川家康が桃配山に陣を敷いた。東と西。天下分け目の境界である。

 



                       藤古川

 


              不破の関所跡

 


 

< 美濃国分寺跡 >

 


                                                    美濃国分寺跡

 

 不破の関の東、府中に美濃国府跡、その東、背後に丘陵を控えた田んぼの中に国分寺跡がある。寺院全域の配置が復元され、公園として整備されている。国分寺の前が古代の東山道である。

 


 

< 大垣 >

 


                             大垣 船着き場の住吉灯台

 大垣は揖斐川を利用した水運の町として栄えた。水門川の船着き場を見る。この付近に谷木因の屋敷があって、芭蕉が度々訪れている。「奥の細道」の結びで「蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ」と詠んだ場所。芭蕉はここから舟に乗って、式年参宮を見るために伊勢にむかった。

 水門川の両岸は桜が満開の時期。たらい舟なども浮かんで、桜見物の人でたいそうなにぎわいである。

 


 


                   関ヶ原 芭蕉の句碑

 

< 寂寥感 >

 

 泊まりがけで出掛けた時に、ひどい寂寥感に教われることがある。ふとした時に突然胸をえぐられるような感覚に陥るのだ。

 「寂寥感」とは「旅の開放感」の別の顔でもある。周囲には旅好きと旅嫌いの2種類がいて、旅嫌いが何かの拍子に突然旅好きになってしまうことも多い。

 今回、改めて「野ざらし紀行」や「笈の小文」に目を通してみた。「野ざらし紀行」の厳しさに対して、「笈の小文」はどこかのどかである。「笈の小文」は芭蕉の書き付けをもとに弟子の乙州がまとめたもので、おのずからトーンの違いは明らかであろうが、「笈の小文」にはこのような寂寥感がない。

 

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