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■反響    (最終更新日:2007/11/03)

色のない空基金に対して色々とメールやお手紙を頂戴しております。
中には温かいお言葉、考えさせられるお手紙もあり、私達だけ見るのはもったいないと思い、
ご本人のご了承を頂いて、掲載させて頂くことにしました。
   
2007年9月フン・セン首相の回答書に寄せて

2007年6月14日にカンボジア王国のフン・セン首相にお会いし、
「両親・兄弟はじめ、プロン丘にて集団虐殺され、慰霊塔に保管されている7000名の同胞の遺骨を火葬したい」との要望書を渡したところ、
2007年9月11日に在日本国カンボジア王国大使館を通じて
「大虐殺があった時代の物的証拠資料として残すため、遺骨の火葬を許可することはできません」という回答を頂きました。

その報告を掲載したHPをご覧頂いた皆さまから、温かい励ましのお言葉をたくさん頂きました。
本当にありがとうございます。
そして犠牲となった方々へお祈りくださり、心から感謝いたします。

平和に生きている私たちが共に祈り続けることによって、
きっと犠牲となった方々の魂も救われることでしょう。

今回は「政府が要望書に目を通してくれた」ことだけでも、
少なくとも「7000名の方々のご供養」の一端となったと思います。

「両親・兄弟たちのキリングフィールド(プロン丘)」に行く前日、地元の方に案内されて
シェムリアップ市内のお寺にお線香を手向けに行きました。
今思えば案内してくれた人は、プロン丘へ行く前の私の心の準備のために、案内してくれたのかもしれません。
しかし私は無造作に山積みにされた遺骨を目にした途端、足が震えてしまって、
それ以上前へ進むことができませんでした。
あの時代を生きた私にとって、あの時代の片鱗に触れることはとても恐ろしく、
勇気がいることだったのです。

何がともあれ、フン・セン首相の回答書を受けたことで、
生涯をかけて必ず自分の手で両親と兄弟たち、そして同胞たちのご遺骨を、
カンボジアの伝統的な祀り方にしてあげたいと改めて決意いたしました。

どうぞこれからも温かいお力添えをお願い申し上げます。

久郷 ポンナレット


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皆さまから、温かい励ましのお言葉をたくさん頂きました。
ご本人の承諾を得た方の一部を抜粋して掲載させて頂きます。

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(S・E様)
せっかく最高の方にお会いできたのに
結果が思わしくなく本当に残念でしたね。

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(K様)
私は、「観光客として」ガイドが連れていく、「キリングフィールド」と呼ばれている
ところに行ったことはありません。そのガラスの慰霊塔を拝んだことはありません。

被害者の方々の遺骨が、「観光資源」として使われいるような気がします。
せめて、安らかに眠らせてあげたいです。

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(Y・E様)
よかったですね。フン・セン首相も親切な人ですね。

あるエッセイを読んでいたら、アンコール・トムは、「大きな町」、
アンコール・ワットは、「天空の楽園」の意味だと書いていました。
アンコール・トムは「王国の救済」がテーマで、観世音菩薩による平穏が
コンセプトだとも知りました。

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(H・K様)
大変に素晴らしい事があったんですね 。

キリングフィールド 行きました。
もし自分の親 兄弟だったら とても辛いことですね。

諦めずに良いご供養ができますように お祈りいたします。

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(R様)
ガラス張りはひどいですね。

ご両親・ご兄姉妹、その他、犠牲となった大勢の方々ご冥福を心から
お祈りしています。

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(N・N様)
ホ−ムペ−ジでお元気でご活躍のお写真を拝見いたしました。
フン・セン首相に要望書を手渡された、とのこと。
結果はどうあれ、ポンナレットさんの活動がカンボジア政府に
分かってもらえたことは大きな成果ではないでしょうか。

でもこれに懲りずこれからもあきらめないと仰っているあなたに
とても感心しておりますし、それだけ思いが強いと言うことがよく分かります。

私も出来るだけ応援いたしますので頑張ってくださいね。
お体には気をつけてください。

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(S・K様)
フンセン首相からのお返事にがっかりなさったお気持ちよく分かります。
やはり当事者にならない限り本当の痛み・悲しみ・辛さそして怒りは
分からないのだと思わされました。

支援者としてできる事が何なのか分かりませんがあなたのご両親やなくなった
同胞の方々への供養のお気持ちがどうか形になって実現されますようにお祈りいたします。

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(T・K様)
一人の女性から手渡されたメッセージに正式な形で回答を送ってきた
フン・セン首相は誠実な方ですね。

今はポンナレットさんの希望がかなえられなくても、時代とともに考えも変化してくるでしょう。
いろいろな考えの方もいます。活動頑張ってください。

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(T・C様)
カンボジア大使からのお返事についてのコメントの中にあった
ポンナレットさんの「最後まで諦めない」という言葉が心に響いております。
陰ながら応援しています。

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(W・T様)
意外とは言えないけど、残念ですね。
よい仕事には必ず見えない存在の導きがあるでしょう。

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(S・Y様)
ホームページ拝見しました。
これからも健康に気をつけて、すばらしい活動を続けていってくださいね。

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(K・T様)
ご無沙汰しております。息長く着実にご活動のご様子,敬服いたします。
HPを拝見いたしました。政治的な思惑も交差して,なかなか難しい問題ですね。

それでも,ご遺骨をガラスのショーケースに詰め込んでおくのは「物的証拠品」ではあっても,
亡くなった方々の慰霊とはならないように思います。ご遺体はただ単なる品物ではなく,
確かに生きてきた人のそれぞれの人生の蹉跌であり肉体の痕跡です。
死してもなお敬愛され尊重すべき人格が宿ります。

少なくとも,無念の死を遂げた肉親を,それだからこそいっそう丁重に葬りたい
というご遺族の願いは当然のものと思います。
ポンナレット様と色のない空基金のますますのご発展をお祈り申し上げます。


2005年1月6日メール 匿名希望の日本人男性

ここ2ヶ月足らずの間 私の心の中に気になっている事が離れません
その時は余りのおぞましさに 逃げるようにその場所を後にしました 
そうですその場所とは
カンボジア プノンペンの町外れの キリングフィールドです.

始めてメールをお送りします
昨日何気なくイナターネット.サーフィンをしていまして偶然色の無い空の
HPを拝見いたしました

昨年10月末始めて東南アジア方面に旅行しまして行き先は 
タイ〜ベトナム〜カンボジアと1ヶ月間で一人旅でした.

首都プノンペンからキリングフィールドまでは今はのどかな農村地帯が
広がっています 僅か数十年前この地で 人が人によって人をこの様に
まで残酷なことが出来るのかを 後世に問う出来事が行われていました.

その地を訪れた私は 慰霊塔の中に収められている遺骨の前には進む
ことが出来ませんでした
如何しても 足が進まないのです 心臓が激しく脈打っています

この場所に所々に 小さなくぼ地が沢山あり この場所に多くの人が
老若男女を問わずに無残な生涯を閉じた遺体が葬られることなく埋め
られていました. 
この地を一人で足を踏み入れて 窪地に掲げてある案内版に
見入っていまして ふと 足元を見ると白いものが覗いていますので 
屈んで見ると 未だ発掘されていない遺骨が 埋まったままになっていました


その後帰国してから あの遺骨にも肉親が有ったはずです 
葬られること無く未だうち捨てられている現実に 心を痛めていました 

通りすがりの旅行者が出来ることは たかが知れています 
何かしたいと思っても遠い異国の地この様な時にこのHPを見つけることが
出来たのは 僥倖でした

今日 僅かですが このHPの趣旨に賛同し
郵便振替にて送金致します.



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