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募金活動と同時に、計画実現に向け調査などを進めています。 計画が具体的に固まりしだい、内容を更新致します。
●トノート村にあるお骨を掘り返したい。 カンボジア人は今でも、信仰篤い仏教徒です。 トノート村のお寺のお坊さんの所へまず行き、お坊さんに協力をお願いしようと思っています。 その後、村長に紹介してもらい、お手伝いしてもらえる人を探そうと思っています。 お坊さんに仲介に入ってもらうことによって、旧住民(加害者)だった村人と、協力関係を作ろうと思っています。
●加害者の罪は蒸し返さない。 トノート村に現在も暮らしている人々は、かつての加害者です。 ポル・ポト政権側に立ち、プノンペンから強制移住させられた人たちを「新住民」と呼び、生活待遇などで差別し、 中にはポンナレットの家族を虐殺した人もいるかもしれません。
彼らの協力がなければ、村のどこに遺骨が埋められているか分からないため、協力を求める必要があります。 その際、彼らの罪は蒸し返さない。すべきではないと考えます。 加害者も内戦中は食料を制限され、お互いいつ密告されて殺されるか分からない状態、 殺さなければ殺される、極限の状態だったと推測されます。 きっと現在の彼らには、子や孫がいるはず。今の生活があるはずなのです。
被害者であるポンナレットは、罪は蒸し返さないと決めています。けれども、赦す気にもなれない。 この活動を通して、当時彼らがどのような気持ちだったのか知る機会があれば、また違う気持ちになるかもしれません。 それは彼らに会ってみないと分かりません。 「赦せない」「罪は蒸し返さない」「協力を求めなければいけない」 とても複雑な気持ちです。
●プノンペンのお寺、ワット・ランカーの慰霊墓の管理。 ワット・ランカーはポンナレットが内戦前にプノンペンに住んでいた頃、よくお参りに行ったお寺です。 2006年1月、お寺の一角に慰霊墓を建てました。 被害者、加害者、問わずに受け入れたいと思います。 内戦時に亡くなったと思われる、どなたか判明しない遺骨についても、受け入れます。
お墓であると同時に、戦没者の象徴たる性格も持たせたい。 内戦で親戚を亡くしたという遺族はたくさんいます。 遺族のうち、遺骨を持っている人はほとんどいません。どこかで人知れず殺されただろうという場合が多々あります。 そこで、遺族がふと亡き方を忍ぶ時、その忍ぶべき象徴という性格も持たせたい。 悲惨な経験をされ、その記憶に苦しむ人々が平和を祈る時、心の支えになればいいとも願っています。
記念碑や内戦時の「記録」はプノンペンにはいくつもありますが、 それら記念碑は海外からの観光客を集めるためという側面が強いです。 我々が目指すのは、あくまでも内戦で亡くなった方々の「記憶」を込めたお墓であり、 カンボジア人が平和を祈る象徴でありたいと考えています。
●内戦を知る世代から次の世代へ 内戦の記憶を、次の世代へと継承していく。 これは内戦中に生きた世代に課せられた責務であり、 戦没者の方々へのせめてもの償いと謝罪を果たすことであると思っています。 歴史はその時の政府により選択されて作られるという側面もあるし、人は歴史から学びたいことしか学ばない。 また、自分自身の人間性や経験による知識のフィルターを透してしか事象を客観的に把握することはできない。 私達は現政府の立場ではなく、被害者の立場で見た内戦を、この活動を通して、 内戦を知らない世代に伝えていきたい。
●達成の暁 協力して下さった方、希望する皆様とカンボジアに行き、「色のない空を辿る旅」を行いたいと思っております(旅費は各自負担)。
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